コンスタンティヌス大帝のヌンムス銅貨を解説

英語名Nummus (Constantinian bronze / follis)
発行地域ローマ帝国
時代4世紀初頭〜中頃(約294年〜348年頃)
素材

この記事で分かること

Nummus (Constantinian bronze / follis) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1995.11.969) / パブリックドメイン
Nummus (Constantinian bronze / follis) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1995.11.969) / パブリックドメイン

Nummus (Constantinian bronze / follis)(American Numismatic Society (1995.11.969))

ディオクレティアヌスの貨幣改革とフォリスの誕生

ヌンムスと呼ばれる銅貨は、もともと「フォリス」という名で登場しました。294年頃、皇帝ディオクレティアヌスが実施した貨幣改革の中で導入された貨種です。

初期のフォリスは重量が約10グラムあり、銀含有率は約4パーセントの銀メッキ銅貨でした。直径は27から30ミリメートル程度で、当時としては大型の銅貨として設計されていました。「フォリス」という語はラテン語で「袋」を意味し、コイン袋に由来するとされています。

こうした大型銅貨の設計思想や、ローマ帝国全体の貨幣制度の流れについては、古代ローマコインの基礎知識でも詳しく触れています。

コンスタンティヌス1世とその時代

コンスタンティヌス1世は272年にナイススで生まれ、306年から337年まで在位した皇帝です。337年5月に死去しました。

312年、ライバルであったマクセンティウスとの戦いを機にキリスト教へ接近したことが知られています。その後、ミラノ勅令によってキリスト教徒への信仰の寛容が承認されました。324年にはもう一人の皇帝リキニウスを破り、単独皇帝となります。

同じ324年以降、コンスタンティヌスは銀貨のミリアレンセ(重量約4.5グラム)とシリクア(約3.4グラム)を再導入しました。また金貨のソリドゥスは重量約4.5グラムで、ローマ・ポンドの72分の1に相当します。ソリドゥスは309年から312年頃にかけて導入され、324年には帝国全域で標準的な金貨として定着しました。

最盛期のコンスタンティヌスの治世下では、15か所以上の造幣所が稼働していたとされます。このうちロンドン造幣所は325年頃(324年から326年の間、諸説あり)に閉鎖されたと考えられています。

ヌンムスの重量減少とAE分類

ヌンムス最大の特徴は、時代を追うごとに重量が急激に減少していったことです。

初期の約10グラムから、307年頃までには重量が約6から7グラムまで落ちました。コンスタンティヌス期に入った314年頃には、さらに約3から4グラムまで低下しています。320年代後半になると重量は1.5から2.5グラムにまで縮小し、銀分もほぼ消失してしまいました。

こうした小型化した後期の銅貨について、現代の研究では便宜的にAE1からAE4という分類が用いられています。AE1は直径25ミリメートルを超えるもの、AE4は17ミリメートル未満のものと定義されます。コンスタンティヌス期において標準的だったのは、直径17から21ミリメートルのAE3にあたる銅貨でした。

なお、こうした発行数量や規格の変遷を調べる際には、鋳造数(ミンテージ)の考え方が参考になります。

表面・裏面のデザインと造幣所刻印

ヌンムスの表面には皇帝の胸像が刻まれ、裏面には神々や軍事的な図像が描かれるのが一般的です。この表面と裏面の構成は、ローマコイン全体を通じて基本的な型となっています。

裏面銘文としてよく見られるものに「ソリ・インヴィクト・コミティ」があります。これは太陽神ソルを称える銘文です。もう一つ代表的なものが「グロリア・エクセルキトゥス」で、兵士2人と軍旗を描く型に用いられました。

裏面下部には造幣所刻印、いわゆるミントマークが刻まれています。ロンドン造幣のヌンムスには「PLN」という刻印が付き、コンスタンティノープル造幣のものには「CONS」という刻印が付きます。こうした刻印を確認することで、そのコインがどの造幣所で作られたのかを特定する手がかりになります。

シートン・ダウン・ホードが語る実像

ヌンムスの実際の流通状況を知る手がかりとなるのが、英国で発見された大規模なコイン隠匿、いわゆるホードです。

2013年11月、英国デヴォン州シートンにおいて、大規模なコイン隠匿が発見されました。このシートン・ダウン・ホードには約22,888枚のコインが含まれており、その大半がヌンムスでした。総重量は約68キログラムに達し、革袋などに収納されていたと推定されています。

含まれるコインは260年代から348年にかけて鋳造されたもので、長期間にわたる蓄積であったことがうかがえます。産地別に見ると、約80パーセントがガリア地方、特にトリーアを中心とした造幣所で製造されたものでした。また、ホード全体の約5パーセントは古代の偽造貨、いわゆる不正規貨であったことも分かっています。

このように大量のコインが一括して発見される事例は、当時の貨幣流通の実態を知る上で貴重な資料となります。

ヌンムスと日常生活における価値

ヌンムスは兵士の給与支払いや税の支払いなど、日常的な取引に広く使用された銅貨でした。

当時、最下層の農業労働者の日給は約1ヌンムスであったとされますが、この数値は史料的な裏付けが十分ではなく、あくまで目安として捉える必要があります。同様に、安価なワイン1瓶が約2ヌンムスで購入できたという説もありますが、こちらも確度の高い数値とは言えません。こうした目安からは、ヌンムスが庶民の生活に密着した小額貨幣であった様子がうかがえます。

なお、ロンドン造幣によるコインの一例として、直径23ミリメートル、重量4.8グラムという記録が伝わるとされますが、この数値についても確証は得られていません。仮にこの記録が事実であれば、初期フォリスの重量からするとすでにかなり軽量化が進んだ段階のものと考えられます。

まとめ

ヌンムスは、ディオクレティアヌスの貨幣改革によって誕生した大型銅貨フォリスから始まり、コンスタンティヌス1世の時代を経て急速に小型化していった銅貨です。重量の変遷やAE分類、造幣所刻印の違いを追うことで、当時の貨幣制度や経済状況の一端を垣間見ることができます。

シートン・ダウン・ホードのような大量出土事例は、こうした銅貨が実際にどのように蓄積され、使われていたかを考える上で重要な材料です。古代コインへの関心をさらに深めたい方は、古代ローマコインの基礎知識も併せてご覧ください。

なお、古代コインの収集や購入を検討する場合は、価格変動や真贋の判断など相応のリスクが伴います。本記事の内容は執筆時点での情報に基づくものであり、投資の判断材料としてではなく、あくまで歴史的な知識として参照されることをお勧めします。

関連する総合ガイドを読む →

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

どのコインから始めればいいか迷っていませんか

予算別に、最初の1枚として現実的な選択肢をまとめています。

予算別スターターキットを見る

実際に購入を検討される方へ

当サイトの運営者は、アンティークコインを扱う店舗を運営しています。記事で解説した内容は、実際の売買を通じて得た知見にもとづくものです。

ご相談は LINEでも承っています

運営者情報はこちらをご覧ください。