デナリウス銀貨の図像と品位低下の実例
| 英語名 | Denarius |
|---|---|
| 発行地域 | ローマ共和政・帝国 |
| 時代 | 紀元前211年頃〜3世紀半ば(計算単位としては4世紀以降も存続) |
| 素材 | 銀 |
デナリウスの名称の由来や換算率といった基礎知識はデナリウスとは(用語集)、ローマ貨幣全体の枠組みは古代ローマコイン入門で扱っています。
この記事では、実在する3組のデナリウスを手がかりに、共和政期の標準図柄、内戦期の政治的な図柄、そして帝政後期の品位低下という3つの局面を具体的に見ていきます。
共和政期の標準図柄 — 女神ローマとディオスクロイ
共和政期のデナリウス(ANS 1968.116.4、紀元前194〜190年、4.09g)。
この個体では、女神ローマの頭像の背後にXの文字が見えます。これは当初の額面が青銅貨アス10枚分だったことを示す記号です。裏面には、双子神ディオスクロイ(カストルとポルックス)が馬に乗って進む図像と、ROMAの銘が刻まれています。
女神ローマとディオスクロイの組み合わせは、共和政期を通じて長く使われた基本図柄でした。前139年の秘密投票法以降、造幣官が自らの氏族の宣伝を図柄に持ち込むようになる経緯は古代ローマコイン入門で詳しく解説していますが、この個体はその変化が起きる前の、いわば標準形の一例です。
セラート加工という偽造対策
共和政期に発行されたデナリウスの一部には、縁に約20カ所のノミ跡を刻んだ鋸歯状の加工(セラート)が施されました。当時の偽造対策だったとされます。硬貨の内部が表面と同じ銀であること、そして縁が削り取られていないことを示す目的があったと考えられています。
ただし、この対策は完全ではありませんでした。銅の芯に銀を被せた偽造貨であるフーレに、同じ鋸歯を模造した例が確認されています。当時から、対策と模倣のいたちごっこがあったことがわかります。
カエサルの象デナリウス
ユリウス・カエサル発行のデナリウス(ANS 1908.89.17、紀元前49〜48年、3.9g)。
紀元前49〜48年に発行された1枚です。表面には神祇官の道具一式(クルルス杯、散水用具、斧、アペックス帽)が並び、裏面には象が蛇を踏みつける図像とCAESARの銘が刻まれています。
政治家個人の事績や地位を図柄に持ち込むという、共和政末期に広がった手法の具体例です。この時代背景については古代ローマコイン入門もあわせてご覧ください。
兵士の俸給から見る国家財政
デナリウスの主な使い道の一つが、兵士への俸給でした。共和政期の一般兵士の年俸は当初112.5デナリウスでしたが、カエサルは前51〜50年頃にこれを225デナリウスへ倍増させ、アウグストゥスもこの水準を維持しています。
その後、ドミティアヌス帝(81〜96年)は300デナリウスへ、カラカラ帝(211〜217年)は675デナリウスへ引き上げたとされます。セプティミウス・セウェルス帝の治世でも大幅な増額があったとされますが、具体的な引き上げ額は資料によって数字が異なるため、ここでは特定の金額を挙げません。
セウェルス朝 — 品位低下が加速した時代
セプティミウス・セウェルスのデナリウス(ANS 1948.19.1483、198〜202年、3.43g、直径18.5mm)。
この個体は、表面にセプティミウス・セウェルスの肖像、裏面に座した正義の女神ユスティティア(IVSTITIAの銘)を配しています。
デナリウスの銀含有率は、段階的に下げられていきました。ネロ帝期(54〜68年)には重量が約3.9gから約3.4gへ引き下げられ、マルクス・アウレリウス帝期(161〜180年)には純度が約70%まで低下したとされます。このセウェルス帝からカラカラ帝にかけての時期(193〜217年)には、純度はさらに約40〜50%まで落ち込みました。手のひらの重さで感じ取れるほどの変化ではありませんが、鋳造のたびに国家財政の逼迫が反映されていったことがうかがえます。
銀貨としての終わり、計算単位としての存続
カラカラ帝は215年、「二重デナリウス」を意味する図像を持つ新貨幣アントニニアヌスを導入しました。しかし導入時点で、含まれる銀の実質価値はデナリウス1.5枚分しかありませんでした。その後もアントニニアヌスの銀含有率は下がり続け、ウァレリアヌス帝期(253〜260年)には約20%、ガリエヌス帝期(253〜268年)にはほぼ銀を含まない水準まで落ち込んだとされます。
こうしてアントニニアヌスに主要銀貨の座を奪われたデナリウスは、ゴルディアヌス3世(238〜244年)の治世下でほぼ鋳造されなくなりました。**ここで区別しておきたいのは、実質的な流通終了と、名目上の存続は別の話だということです。**301年のディオクレティアヌス帝による貨幣改革以降も、デナリウスは実物の貨幣としてではなく、帳簿上の計算単位として使われ続けました。「いつ終わったか」を一点の年で言い切れる出来事ではありません。
市場での評価 — 並品から記録的高額まで
デナリウスの価格帯は幅広く、3段階に分けて捉えると理解しやすくなります。
状態の良い並品のVF級デナリウスは、古代ローマコイン入門で触れたとおり概ね75〜300米ドル程度です。一方、アウグストゥス帝のワニ図や彗星図といった希少な図柄を持つ状態良好な個体は、CNGのコインショップで2,400〜2,750米ドルで販売された実績があります。
そして歴史的に重要な個体になると、桁が変わります。2023年5月、ヘリテージ・オークションズで共和政期の「EID MAR」デナリウス(ブルートゥス発行、NGC Ancients鑑定XF、Strike5/5、Surface4/5)が72万米ドルで落札され、当時の銀貨としての史上最高額となりました。同年6月15日には、コペンハーゲンのブルーン・ラスムセンで別のEID MARデナリウス(重量3.48g)が手数料込み57万ユーロで落札されています。
現存するEID MAR銀貨は約100枚とされます。金貨版はわずか3枚のみで、2020年に約419万米ドルで落札された個体もありましたが、2023年に来歴の偽造が発覚し、押収のうえギリシャへ返還されました。この一件の詳しい経緯はアウレウス金貨の記事で扱っています。なお、EID MARには古代当時に作られたフーレ(銀メッキ偽造貨)も現存15点確認されているという報告があります。1つの著名な図柄をめぐって、真作・古代の偽造貨・現代の高額落札記録がすべて存在するというのは、古代コイン市場の奥行きを示す例です。
**これらは執筆時点で確認できた価格であり、相場は変動します。**アンティークコインは売却したいときにすぐ買い手がつくとは限らず、購入にあたってはこうした流動性の低さも踏まえてご判断ください。
まとめ
- 共和政期の標準図柄は女神ローマとディオスクロイでした。カエサルの象デナリウスは、政治家個人の図柄が広がった時期の具体例です
- 一部の共和政期デナリウスにはセラート加工が施されましたが、フーレへの模造も確認されています
- 兵士の俸給は112.5デナリウスから段階的に引き上げられていきました
- 銀含有率はネロ帝期から段階的に下がり、**セウェルス朝〜カラカラ帝期には約40〜50%**まで低下しました
- デナリウスの**実質的な流通終了(240年代)**と、**計算単位としての名目上の存続(301年以降)**は分けて理解する必要があります
- 市場価格は並品の数百米ドルから、EID MARのような記録的個体の数十万米ドルまで幅があります
ローマ貨幣制度全体の枠組みは古代ローマコイン入門、他のコインはコイン図鑑からご覧ください。
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