アウレウス金貨の歴史と価値
| 英語名 | Aureus |
|---|---|
| 発行地域 | ローマ帝国 |
| 時代 | 紀元前1世紀半ば〜紀元後4世紀初頭 |
| 素材 | 金 |
アウレウス(Aureus)は、古代ローマの通貨制度で最も高い額面を持っていた金貨です。共和政末期から4世紀初頭にかけて発行され、ローマの経済と権力を象徴する存在でした。
アウグストゥス帝のアウレウス(紀元後2〜4年、ルグドゥヌム=現リヨン鋳造)。左が表面、右が裏面。直径20mm、重量7.85g。裏面には皇帝の後継者と目されたガイウスとルキウスの兄弟が描かれています。
この記事では、アウレウスがどういう貨幣だったのか、なぜ重さが減り続けたのに純度は保たれたのか、そして現在の市場でどう評価されているのかを解説します。
ローマ通貨制度の頂点にあった貨幣
ローマ帝政期の貨幣は、複数の額面が固定比率で結びついた体系になっていました。その換算率は次のとおりです。
1アウレウス = 25デナリウス = 100セステルティウス = 400アス
デナリウスは銀貨です。つまりアウレウスは、この体系の最上位に位置していました。
ここで、実物を並べてみると意外なことが分かります。
左:アウグストゥス帝のアウレウス(直径18.8mm、金、7.87g)。右:ほぼ同時期のデナリウス銀貨(直径20mm、銀、3.75g)。
25倍の価値を持つアウレウスのほうが、直径はむしろ小さいのです。金が銀よりはるかに重い金属であるため、同じ体積でも価値が大きく変わります。「高額なコインほど大きい」という直感は、ここでは通用しません。
金貨そのものは共和政期にも断続的に発行されていましたが、規則的な発行として定着させたのはユリウス・カエサルです。カエサルは紀元前1世紀半ばに大量の金貨を発行し、その後アウグストゥスが制度として体系化しました。
なお、この「いつ始まったか」は資料によって説明の力点が異なります。カエサルによる本格発行を起点とする見方と、アウグストゥス期の標準化をもって成立とする見方の両方があり、どちらか一方が誤りというわけではありません。
重さは減り続けたが、純度は守られた
アウレウスを理解するうえで最も重要なのが、この点です。
ローマの貨幣は「ローマポンド(リブラ)」という重量単位の何分の1として鋳造されました。アウレウスは時代とともに、この分数が小さくなっていきます。
| 時期 | ローマポンド比 | 重量の目安 |
|---|---|---|
| ユリウス・カエサル | 1/40 | 約8g |
| アウグストゥス | 1/42 | 約7.8g |
| ネロ | 1/45 | 約7.3g |
| カラカラ | 1/50 | 約6.5g |
| ディオクレティアヌス | 1/60 | 約5.4g |
| (ソリドゥスへ移行) | 1/72 | 約4.5g |
グラム数は資料によって多少ばらつきます。ローマポンド自体が現代に復元された推定値であるためです。分数のほうが安定した情報なので、こちらを基準に考えてください。
なお、この表のうちアウグストゥス・ネロ・カラカラの3つは、専門の研究文献ではなく一般的な参考資料に基づく数値です。**おおよその目安として捉えてください。**正確な値が必要な場合は、RIC(Roman Imperial Coinage)などの標準的な分類目録をご確認ください。一方、次に挙げる実測値は、いずれも博物館の所蔵記録によるものです。
実物で見ると、この減少は次のようになります。
左から、アウグストゥス(紀元前18年、7.87g)、ネロ(64〜65年、7.29g)、カラカラ(210〜213年、6.93g)。いずれも米国貨幣学会所蔵の個体の実測値です。
ここに挙げたのは、あくまで個々の現存品の実測値です。当時の規定重量そのものではなく、鋳造時のばらつきや長年の摩耗も含まれた数字である点にはご注意ください。
重要なのは、重さは減っても純度は長期的に維持されたことです。アウレウスの金純度は、おおむね24金に近い99%以上でした。3世紀半ばに一時的な低下があったとされますが、その後99%の水準に戻されています。
これは同時代の銀貨と対照的です。銀貨デナリウスは繰り返し品位を下げられ、最終的にほぼ価値を失いました。一方でアウレウスは、量を減らすことで対応し、質は守りました。ローマ貨幣史を一言で言うなら、この「金は目減りしたが劣化はしなかった」という対比に集約されます。
アウレウスの終わり
アウレウスは、ある年を境に廃止されたわけではありません。3世紀末から4世紀初頭にかけて、段階的にソリドゥス金貨へと移り変わっていきました。
左:ディオクレティアヌス帝のアウレウス(294年、5.45g)。右:コンスタンティヌス1世のソリドゥス(310〜313年、4.57g)。後者はフランスで発見されたボーラン(アラス)埋蔵金の出土品です。
ディオクレティアヌス帝期の1ローマポンド1/60の金貨を、すでにソリドゥスと呼ぶ資料もあります。またコンスタンティヌス1世が1/72の基準を定めた時期についても、資料によって説明が分かれます。
「西暦何年に終わった」と単純に言い切れる出来事ではない、というのが正確な理解です。数十年をかけた移行の過程だったと捉えてください。
アウレウス1枚はどれくらいの価値だったのか
現代の日本円に換算した数字を目にすることがありますが、2000年前の購買力を現代通貨に換算する手法は学術的に議論が分かれており、資料によって数倍の開きがあります。この記事では換算を避け、ローマ社会の内部で比較します。
アウグストゥス帝期、軍団兵の年俸は225デナリウスでした。これを年3回に分けて支給していました。
225デナリウスは、25:1の換算率でちょうど9アウレウスにあたります。つまりアウレウス1枚は、軍団兵の年収の約9分の1に相当しました。
日常の買い物に使える貨幣ではありません。アウレウスは主に富裕層が扱う高額決済の手段でした。
図像は「誰に見せるか」で使い分けられていた
表面(オモテ)には、月桂冠または放射冠をかぶった皇帝の胸像が右向きに配置され、その周囲に名前と称号をラテン語で略記するのが基本形です。
裏面の図柄は多様で、勝利の女神ウィクトリア、座した神格(平和の女神パクス、運命の女神フォルトゥナなど)、軍旗、王朝や記念事業を示す図像などが用いられました。いずれも皇帝の正統性を補強する銘文を伴います。
興味深いのは、ローマ当局が額面ごとに異なるメッセージを向けていたことです。金貨は富裕層に向けられ、青銅貨は皇帝からの施与を受け取る一般市民に向けられていました。同じ皇帝の貨幣でも、素材によって想定読者が違ったのです。
表面には月桂冠を戴いた皇帝像、裏面には神格や軍旗——という配置は、表面と裏面の呼び分けの典型例でもあります。
なお個別の図柄は、研究上「RIC番号」という分類番号で特定されます。RICは Roman Imperial Coinage(ローマ帝国貨幣大系)という標準的な分類目録の略称です。カタログや鑑定書にこの番号が出てきたら、貨種を一意に指し示す識別子だと理解してください。
現存数は皇帝によって全く異なる
古代の金貨は、銀貨や銅貨に比べて現存数が大幅に少なくなっています。後代の皇帝が金貨を回収して新しい貨幣に鋳直したり、対外的な貢納として支払われたりしたためです。
ただし、「古代の金貨だから一律に希少」ではありません。皇帝によって残存状況は大きく違います。
- 比較的入手しやすい — アウグストゥスは膨大な量のアウレウスを発行し、裏面の図柄だけで150種類以上あります。ネロのアウレウスは十二皇帝の中でも数が多い部類です。ウェスパシアヌスやティトゥスも比較的よく市場に出てきます
- 入手が難しい — 在位期間が短かったカリグラやオトの金貨は、オークションに登場する頻度が低くなります
- 極めて希少 — 紀元前43年のカエサル没後肖像アウレウスは、状態を問わず現存40枚未満とされています
収集を検討する際は、「アウレウス」という括りではなく、どの皇帝のものかで希少性を判断する必要があります。
市場での評価とEID MARアウレウスの教訓
アウレウスの市場を語るうえで避けて通れないのが、通称「EID MAR(イード・マール)アウレウス」です。カエサル暗殺の首謀者ブルートゥスが発行した金貨で、暗殺を記念する図像を持ちます。
2020年10月29日、ロンドンのオークションで**324万ポンド(バイヤーズプレミアム込みで約418万8000米ドル)**で落札されました。事前予想額は約65万米ドルでしたから、6倍を超える結果です。当時、古代コインのオークション落札価格として史上最高額となりました。金の例としては3枚目の確認例で、それ以前は2枚しか知られていませんでした。
鑑定評価は NGC Ancients による Mint State ★、Strike 5/5、Surface 3/5、そして Fine Style の指定付きでした。
しかし、この話には続きがあります。
2023年3月21日、このコインはマンハッタン地区検事局によって押収されたのち、ギリシャへ返還されました。29点の押収文化財の一部としての返還です。出品したオークションハウスの代表者は、来歴(プロヴェナンス)を偽造したとして逮捕・起訴されました。
この一件が示しているのは、古代コインの取引において来歴の確かさがグレード以上に重要だということです。最高の鑑定評価がついた最高額のコインが、来歴の問題で市場から消えました。
購入を検討する際は、そのコインがいつ、どの経路で市場に出たものかを確認できるかどうかを、状態評価と同じ重さで見る必要があります。
鑑定表記の読み方に注意
日本の収集家が誤解しやすいのが、古代コインのグレーディング表記です。
近代コインでおなじみの1〜70の数値スケール(MS65 など)は、古代コインには使われません。NGC Ancients は Fine、VF、XF、AU、Mint State といった言葉によるグレードを使い、それとは別に Strike(打刻)と Surface(表面)を1〜5で評価します。
先ほどの「Mint State ★, Strike 5/5, Surface 3/5」でいえば、「5/5」はグレードではなく打刻の評価です。詳しくはグレーディングとはを参照してください。
真贋を見分ける手がかり
古代コインの市場には、相当数の贋作が本物として流通しています。あわせて、この価格帯ではプロヴェナンス(来歴)の記録が価値を大きく左右します。専門家が挙げる基本的な防御策は、贋作の特徴と本物の特徴の両方を学ぶこと、信頼できる業者から購入すること、そして素性の分からない出品者や個人間取引を避けることです。
具体的な判別材料として、次の2点が挙げられます。
1. 直径が合っているか
アウレウスの金型は、縁のビーズ状装飾(ビーズドボーダー)の外周でおよそ19〜19.5mmです。これに対しデナリウスの金型は約18mmでした。贋作者が誤ったサイズの金型を彫ったり、額面をまたいで金型を使い回したりすることがあるため、寸法が合わないものは疑ってかかるべきです。
2. 表面の感触
最も古典的な贋作の手法が鋳造(キャスト)です。本物から型を取り、溶かした金属を流し込む方法で、表面がぬめりのある、あるいは蝋のような感触になるという特徴があります。打刻された本物の表面は、これに比べて硬質な抵抗感があります。
まとめ
アウレウスは、共和政末期から4世紀初頭までローマの通貨制度の頂点にあり続けた金貨です。要点を整理します。
- 1アウレウス=25デナリウスです。軍団兵の年収の約9分の1にあたる高額貨幣でした
- 重量はカエサル期の1ポンド1/40から、ディオクレティアヌス期の1/60まで段階的に減少しました
- 一方で純度は99%前後が維持されました。銀貨が品位低下で崩壊したのとは対照的です
- 現存数は皇帝によって大きく異なります。「古代金貨=一律に希少」ではありません
- 来歴の確かさがグレード以上に重要です。EID MARアウレウスの一件がそれを示しました
なお、アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性によって変動します。金相場の影響も受けますし、売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえて判断してください。
ローマ貨幣制度の全体像は古代ローマコイン入門で解説しています。より手の届きやすい貨種としてはセステルティウス、後継の金貨としてはソリドゥスの記事もあわせてご覧ください。
コインの状態評価についてはグレーディングとはで詳しく解説しています。ほかのコインの解説はコイン図鑑からご覧ください。予算に応じた具体的な始め方は予算別スターターキットにまとめています。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。
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