アウグストゥスのデナリウス銀貨完全ガイド:歴史と図案
| 英語名 | Denarius of Augustus |
|---|---|
| 発行地域 | ローマ帝国 |
| 時代 | 前27年〜西暦14年(アウグストゥス治世)、鋳造ピークは前2年〜西暦12年頃 |
| 素材 | 銀 |
この記事で分かること
- アウグストゥスのデナリウス銀貨の素材・重量・銀純度といった基本規格
- 前23年の貨幣改革とローマ・ルグドゥヌムなど造幣所の変遷
- ガイウスとルキウス、ユリア、アグリッパを描いた代表的な図案の意味
- 銘文が伝える皇帝の権威と称号
- 後世の復古貨や現代市場での評価に関する留保付きの情報
Denarius of Augustus(American Numismatic Society (1997.125.1))
アウグストゥスとデナリウス銀貨の誕生
前27年、アウグストゥスは初代ローマ皇帝として即位し、共和政から帝政への移行が始まりました。この政治的転換は貨幣制度にも及び、前23年には貨幣改革が実施されます。改革により、金貨アウレウスと銀貨デナリウスは帝室の管理下に置かれ、アウレウス1枚がデナリウス25枚に相当する固定比率が定められました。
デナリウス自体はアウグストゥスの時代に生まれた貨種ではありません。前211年頃に初めて導入された際の重量は約4.4gで、当初の価値は10アスとされていました。その後前141年頃に16アスへと再評価され、アウグストゥスの時代には重量が約3.9gまで軽量化されたとされています。
アウグストゥスのデナリウスは素材に銀を用い、直径は約18〜21mm、重量は3.25〜3.99gの範囲に収まります。銀の純度(銀含有率のこと)は約97〜99%と非常に高く、ほぼ純銀に近い状態で鋳造されていました。規格上は、ローマの1ポンド(約329gに相当する1/84ポンド単位)の銀から84枚を鋳造する取り決めがあり、良好保存個体の平均重量は約3.8gとされています。
貨幣改革と造幣所の変遷
アウグストゥス初期のデナリウスは、東方のエフェソスやペルガモンといった都市で鋳造され、スペインのエメリタでも一時的に発行されました。ローマの造幣所は前20年頃に再開され、金貨・銀貨の鋳造は前12年頃まで続けられます。
大きな転機となったのは前15年、アウグストゥスがガリアを訪問した際に、現在のリヨンにあたるルグドゥヌムに新たな造幣所を設立したことです。前12年にはローマ造幣所が閉鎖され、以後ルグドゥヌムが西方における主要な造幣所となりました。前9年にはローマ造幣所が再開されますが、扱うのは卑金属貨のみでした。
ルグドゥヌムが選ばれた理由として、スペインの銀山とライン河沿いの軍団配置地の中間に位置し、輸送面で有利だったことが挙げられます。実際にルグドゥヌム鋳造の個体としては、重量3.92g・直径18mmの例(RIC I 167a)や、重量3.79g・直径19.8mmの例(RIC 207)が知られています。またフランスのアルティック美術館には、前19〜18年頃にスペインで鋳造されたとされる直径2cmの個体が所蔵されており、その来歴も興味深い点です。
こうした帝政初期の貨幣史の流れは、古代ローマコインの基礎知識でも扱われる出発点にあたります。
代表的な図案とそのメッセージ
アウグストゥスのデナリウスで最も一般的とされる型は、孫であるガイウスとルキウスを描いた図案です。前2年から西暦12年頃にかけて鋳造されました。表面にはアウグストゥスの肖像、裏面には孫二人が並んで描かれています(表と裏の呼び方については表面・裏面の用語解説をご参照ください)。ガイウスとルキウスは前17年にアウグストゥスの養子となった人物で、銘文「COS DESIG」は執政官指名を、「PRINC IVVENT」は青年の指導者を意味しています。
別の型では、娘ユリアが息子ガイウスとルキウスに挟まれる図案が知られており、前13年にローマ造幣所で発行されました。同じ前13年には、アウグストゥスと将軍アグリッパが並んで描かれる型も存在し、貨幣発行を監督した役人(モネイヤー)であるガイウス・スルピキウス・プラトリヌスの名が刻まれています。この型は、前31年のアクティウム海戦におけるアグリッパの勝利に関連するものとされています。
銘文が語る皇帝の権威
デナリウスの銘文は、皇帝の血統と権威を伝える役割を担っていました。「AVGVSTVS DIVI F」という銘は「神なるユリウスの息子アウグストゥス」を意味し、養父ユリウス・カエサルの神格化と自らの正統性を結び付けるものです。また前15〜13年のルグドゥヌム発行のなかには、「IMP X」のように皇帝称号(インペラトル)の獲得回数を刻んだ例も見られます。こうした称号や図案の情報は、貨種を分類する際の重要な手がかりとなり、鋳造数や発行時期の推定にも役立てられています。
なお、アウグストゥスの治世に発行された貨種は、「ローマ帝国貨幣総覧」で550種以上に分類されているとされます。ある販売業者の集計では、14の造幣所から794種類のカタログ型が存在するとも報告されていますが、出典の検証が十分でない情報として留保が必要です。
銅貨の変化と後世の復古貨
貨幣改革では銀貨・金貨だけでなく、卑金属貨にも変更が加えられました。従来の銅貨に相当するセステルティウスは、真鍮(オリカルクム)製に改められ、デナリウスの1/4の価値に固定されました。同じく真鍮製となったドゥポンディウスは、セステルティウスの半分の価値とされています。
時代が下ったトラヤヌス帝の治下、西暦107年頃には、ガイウスとルキウスを描いた型を模した復古貨(後世に再鋳造された貨貨)が発行された例も知られています。この復古貨の一例(RIC 208)は、2020年の競売で3,000ポンド(約3,915米ドル)で落札されたと報告されています。
現代における評価と注意点
古い銀貨には、当時から偽造品も存在しました。ガイウスとルキウスの型にも、銀メッキを施した偽造銀貨(フーレ)が存在するとされ、前15年ルグドゥヌム鋳とされる2.98gの個体が知られています。現物を評価する際には、こうした偽造の可能性も踏まえ、専門機関によるグレード(保存状態の評価)を参考にすることが重要です。
執筆時点の情報として、現代市場ではルグドゥヌム鋳のガイウス・ルキウス型が、美品(VF)程度の状態で300〜600米ドル程度で取引されているとされます。ただしアンティークコインの価格は個体差や市場動向の影響を受けやすく、将来の価格上昇を保証するものではありません。購入や投資を検討する場合は、こうした不確実性を理解した上で、慎重に判断することが求められます。
アウグストゥスのデナリウスは、単なる貨幣以上に、帝政の成立と後継者問題、そして皇帝の権威表現までを刻んだ史料でもあります。図案や銘文を読み解くことで、古代ローマの政治史をより具体的に感じ取ることができるでしょう。
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