メキシコ8レアル銀貨とは

英語名Spanish Dollar / 8 Reales
発行地域メキシコ(スペイン領〜共和国)
時代1500年代〜1897年
素材

メキシコ8レアル銀貨は、スペイン領時代から独立後のメキシコ共和国まで、300年以上にわたり鋳造された大型銀貨です。「スペイン・ドル」「ピース・オブ・エイト」とも呼ばれ、近世から近代にかけて世界中の交易で使われました。日本の「洋銀」「貿易銀」、そして「円」という通貨単位の誕生にも深く関わっています。この記事では、8レアル銀貨の起源・意匠・規格の変遷と、日本の通貨史とのつながりを解説します。同時代の東アジア銀貨全体の位置づけは中国近代銀貨入門もあわせてご覧ください。

この記事で分かること

「ピース・オブ・エイト」とは何か

8レアル銀貨は、スペインが1497年に行った貨幣改革に由来する大型銀貨です。新大陸、主にボリビアのポトシとメキシコ産の銀を用い、スペイン帝国が鋳造しました。額面は8レアルで、実際に8等分して小額貨幣として使えたため、英語圏では「ピース・オブ・エイト(piece of eight、8つに分かれた1枚の意)」と呼ばれています。1レアル分の欠片は「ビット(bit)」と呼ばれました。なお、$(ドル記号)の起源には8レアル裏面のヘラクレスの柱2本に由来する説などがありますが、学術的に定まった結論はありません。

コブから柱型、肖像型、共和国の鷲へ ― 意匠の変遷

最も古い形態は「コブ(cob、スペイン語でマクキーナ)」と呼ばれる不定形の手打ち貨幣です。銀塊を切り出した地金に手作業で刻印を打つ製法で形は不揃いでしたが、1732年の機械打ち導入まで主流でした。

1728年の勅令に基づき、1732年3月29日、メキシコシティ造幣所で最初の円形機械打ち銀貨「柱型ドル(Pillar dollar、コルムナリオ)」が誕生します。図案はヘラクレスの柱2本と東西両半球を組み合わせ、「VTRAQUE VNUM(両者は一つ)」「PLUS ULTRA(さらに彼方へ)」の銘が刻まれました。

柱型ドル(コルムナリオ)8レアル銀貨。カルロス3世期、メキシコシティ(Mo)鋳造、1771年。左が柱の面(ヘラクレスの柱2本と両半球、VTRAQVE VNVM の銘)、右が盾章の面(スペイン王家の紋章と国王名 CAROLVS III、額面 8)。

1772年、カルロス3世の勅令により図案は国王の横顔を刻む「肖像型(Portrait/Bust dollar)」へ切り替わります。以後、カルロス3世・カルロス4世・フェルナンド7世と、時々の国王の肖像が独立直前まで刻まれ続けました。

メキシコ独立後の1823年からは、第一共和政のもとで「帽子と光条(Cap and Rays)」型と呼ばれる新意匠の8レアルが発行されます。表面には蛇をくわえた鷲、裏面にはフリギア帽(自由の象徴とされる帽子)と「LIBERTAD(自由)」の文字、光条があしらわれました。1823〜1825年発行分は鷲の首が横を向く「フック・ネック(Hook Neck)」と呼ばれる希少なタイプです。この意匠は13の造幣所で1897年まで製造が続きました。

独立後メキシコ共和国の8レアル銀貨(1897年、メキシコシティ造幣局)。左が蛇をくわえた鷲の国章、右がフリギア帽と光条、LIBERTAD の文字
独立後メキシコ共和国の「帽子と光条」型 8レアル銀貨(1897年銘)。左が蛇をくわえた鷲の国章、右がフリギア帽(自由の帽子)と光条、「LIBERTAD」の文字。この鷲の意匠が、中国で流通した「メキシコドル」としてよく知られた姿です。 Windrain, via Wikimedia Commons / CC BY-SA

規格の変遷 ― 時代で異なる重量と品位

8レアル銀貨は、鋳造時代によって重量・品位(貴金属の純度。詳しくは品位とはも参照)が異なります。おおまかな変遷は次のとおりです。

時期品位(目安)重量など
1497年基準約93.06%純銀約25.561g
1728年基準約91.67%純銀約24.809g
1772年基準(肖像型導入)約90.28%純銀約24.443g
独立後メキシコ共和国期(1824〜1897年)約90.3%(.903)重量27.07g・直径38.9mm(38〜40mm)

1732年以降の機械打ち銀貨は、直径約38mm・総重量約27.5g・品位約91.66%が目安です。同じ「8レアル銀貨」でも、コブ期・柱型ドル期・肖像型期・共和国期で数値が異なるため、年代やタイプを確認せずに規格を語ると誤解につながります。

なぜ「世界初の国際通貨」と呼ばれるのか

8レアル銀貨は、太平洋を横断するマニラ・ガレオン貿易や、ヨーロッパ・地中海・中東を経由する交易路で世界中に流通しました。品位・重量が均一で信頼を集め、しばしば「世界初の国際(グローバル)通貨」と評されています。

米国でも独立後長らくスペイン・メキシコ銀貨が実質的な基軸通貨として扱われました。1792年の貨幣法は摩耗したスペイン銀貨の実測データをもとに米ドル規格を設計したとされ、法定通貨としての通用は1857年の貨幣法まで続きました。

主要な造幣所は1535年開設のメキシコシティ、ペルーのリマ、1572年開設のボリビア・ポトシで、後にグアテマラシティ・ボゴタ・サンティアゴにも設けられました。中でもポトシ銀山(セロ・リコ、1545年発見)は16〜17世紀に世界最大級の銀産出地となり、世界の銀産出量の約6割を占めたとされます。メキシコのサカテカス・グアナフアト鉱山と並び、スペイン帝国の貨幣鋳造を支えました。

1648年には、ポトシ造幣所で銀の含有量を意図的に減らした不正貨幣(規定の75%程度の銀のみ)が発覚し、関与者が公開処刑される事件も起きています。後に「1649年ポトシ造幣所大不正事件」と呼ばれ、大型銀貨の信頼性が国際貿易にいかに重要だったかを物語ります。

造幣所を示す刻印は造幣所記号(ミントマーク)と呼ばれます。植民地時代のボリビア・ポトシ造幣所の記号は「P」、独立後にメキシコで新設されたサンルイスポトシ造幣所の記号は「Pi」で、両者は地理・時代とも全く異なる別の造幣所です。名前が似ているため混同に注意が必要です。

チョップマークと日本の「洋銀」

8レアル銀貨は中国にも大量に流入しました。17世紀頃から、両替商や商人が銀の純度・真贋を確かめるため漢字などの小さな刻印を打つ慣習が広まり、1600〜1935年に中国で流通した銀貨に多く見られます。この刻印は「チョップマーク(験極印)」と呼ばれ、銀貨に手を加えて中身を確かめる発想は、古代の商人が銀貨に切れ込みを入れたテストカットにも通じます。

幕末から明治初期の日本にも、大量の外国銀貨が流入しました。これらは「洋銀」と総称されましたが、その大部分はメキシコの8レアル銀貨だったとされています。明治政府は東アジアの貿易決済に対応するため、1871年に一円銀貨を、1875〜1877年には貿易専用の銀貨である貿易銀(重量約27.2g・銀90%)を発行しましたが、いずれもメキシコドルとほぼ同一の品位・量目に設計されました。日本の一円銀貨の詳しい歴史は一円銀貨(円銀)とはで解説しています。

日本の新通貨単位「円」の名称も、丸い形状から中国で「銀圓(圓)」と呼ばれたメキシコドルや、香港造幣局発行の一圓銀貨に由来すると考えられています。

各国が生んだ貿易銀 ― 一円銀貨・龍銀への接続

19世紀後半、中国貿易における8レアル銀貨(メキシコドル)の優位に対抗し、各国は独自の貿易銀を発行しました。米国のトレード・ダラー(1873〜1885年、27.2g・品位90%)、日本の貿易銀(1875〜1877年、約27.2g・品位90%)、英国のブリティッシュ・トレード・ダラー(1895〜1935年)、フランスのピアストル・ド・コメルス(1885年〜)などで、いずれもメキシコドルに近い重量・品位に設計されています。

中国自身も対抗策をとりました。1889年、両広総督(清朝の地方長官)だった張之洞の主導で、広東造幣局が「光緒元宝」と呼ばれる龍の意匠の銀貨(龍銀)の機械打ち鋳造を開始します。流通するメキシコドルを駆逐する狙いがあったとされ、日本の円などもスペイン・メキシコドルと同一規格を参考に設計されたと考えられています。龍銀は光緒元宝(龍銀)とは、その後の中国銀貨は袁世凱像 壹圓(袁大頭)とはで詳しく解説しています。

市場での評価と贋作への注意

8レアル銀貨は鋳造期間が長く、造幣所・年代・タイプによって評価が大きく異なり、希少なタイプには高値が付くこともあります。例えば2009年5月、ヘリテージ・オークションズのロングビーチ・オークションでは、1770年にヌエボ・レイノ(ボゴタ)で鋳造されたカルロス3世期の柱型8レアル(NGC評価でMS64)が、事前見積もり6万〜8万ドルで出品されました。ボゴタの教会礎石から2006年に発見された14枚のうちの1枚で、鋳造年が1759・1762・1770年に限られる希少なタイプです。ただしこれは執筆時点の一例にすぎず、相場は状態・年代・タイプで大きく変動します。将来値上がりするとは限らず、購入・投資の際は価格変動のリスクを踏まえる必要があります。

チョップマークが打たれた個体は鑑定機関が「details(詳細)」区分でグレーディングすることが多く、無傷の個体より長らく評価が割り引かれてきました。ただし近年は劇的なチョップマークにプレミアムが付く例も出ており、評価基準は変化しつつあります(主にトレード・ダラーで報告されている傾向です)。

贋作対策としては重量測定が一つの手がかりです。真正品はおおむね26〜28g前後であるのに対し、贋作は21〜22g程度しかないことが多いと指摘されています。もっとも重量だけで真贋を完全に判定できるわけではなく、鑑定機関の認定を受けた個体を選ぶなど、複数の観点からリスクを下げる工夫が望まれます。

まとめ

同じ時代の東アジア銀貨の全体像は中国近代銀貨入門、専門用語は用語集からご覧ください。

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