一円銀貨(円銀)とは

英語名Japanese One Yen Silver Coin
発行地域日本
時代1870年(明治3年銘)〜1914年(大正3年銘)
素材

一円銀貨(円銀)は、明治初期の日本で「円」という通貨単位とともに生まれた銀貨です。ただし発行当初は、国内で自由に使えるお金ではありませんでした。実態はアジア貿易のために設計された特殊な硬貨だったのです。この記事では、一円銀貨が生まれた背景、メキシコ銀ドルとの関係、そして「丸銀」と呼ばれる特殊な打刻の意味を解説します。同じ時代にアジアで流通した銀貨全体の位置づけは中国近代銀貨入門、個別のコインは光緒元宝(龍銀)とは袁世凱像 壹圓(袁大頭)とはもあわせてご覧いただくと、この時代の銀貨の流れがつかみやすくなります。

この記事で分かること

新貨条例と「円」の誕生

一円銀貨のルーツは、1871年(明治4年)5月に制定された新貨条例にあります。この条例によって、日本で初めて「円」という通貨単位が定められました。ほぼ同じ時期に、貨幣を製造する拠点として大阪の造幣局も創業しています。

新貨条例のもとでは、金貨と銀貨の両方が発行される二本立ての制度が組まれました。一円銀貨は、この制度の中で「貿易専用」の銀貨として位置づけられ、国内一般向けの通貨とは異なる扱いを受けることになります。

メキシコ銀ドルへの対抗 - 貿易専用銀貨として誕生

なぜ一円銀貨は、貿易専用という特殊な立場で生まれたのでしょうか。背景には、19世紀後半のアジア貿易における銀貨の勢力図がありました。

16世紀以降、スペイン領メキシコで作られた銀ドルは、中国をはじめとする東アジア全域で広く流通する国際通貨(いわゆる「洋銀」)となっていました。19世紀後半になると、日本・アメリカ・フランス・イギリスなどが、それぞれ自国製の貿易銀貨を鋳造してこの牙城に挑み、東洋貿易の主導権を争うようになります。一円銀貨も、こうした国際的な競争の中で生まれた銀貨の一つです。

一円銀貨の量目(重さ)は26.96g(416グレイン)、品位(貴金属の純度。詳しくは品位とはも参照)は銀900・銅100と定められました。この数値は、当時アジア貿易の基軸通貨だったメキシコ銀ドルに対抗できる量目を意識して設定されたとされています。

発行当初、一円銀貨が使えたのは函館・神奈川・新潟・兵庫・長崎という5つの開港場に限られていました。日本国内での一般的な流通は、まだ認められていなかったのです。

なお、中国市場では貿易銀貨や外国銀貨の真正性を確かめるため、商人が硬貨に刻印(チョップマーク)を打つ慣行がありました。一円銀貨や後述の貿易銀も、中国市場に流通する過程でこうした刻印を打たれることがあり、こうした個体は現在のコレクター市場では無傷の個体より評価が低くなる傾向があります。銀の純度を確かめるために硬貨へ手を加えるという発想自体は、古代の商人が銀貨に切り込みを入れたテストカットの慣行にも通じるものがあります。

貿易銀 - 一円銀貨よりわずかに重い特別版

一円銀貨とは別に、「貿易銀(Trade Dollar)」と呼ばれる銀貨が1875年(明治8年)から1877年(明治10年)にかけて鋳造されました。重量27.22g・直径38.58mm・品位銀900という規格で、一円銀貨よりわずかに重く作られています。

この増量には理由がありました。当時アメリカが発行していた貿易ドル(量目420グレイン・品位900)に対抗し、規格を整合させる狙いがあったとされています。しかし貿易銀は長くは続かず、後に一円銀貨と統合され、量目は416グレイン(26.96g)へと戻されました。

貿易銀は鋳造期間が短く現存数も少ないため、後述するとおり現代の市場でも特に希少な存在として扱われています。

竜図のデザインと新旧の違い

一円銀貨のデザインも、時期によって変化しています。1870年(明治3年銘)に発行が始まった旧一円銀貨は、直径が約38.5〜38.6mm(出典によって表記に若干の差があります)で、表面には円で囲まれた竜の図案が施されていました。

1874年(明治7年)以降に導入された新一円銀貨のデザインでは、表面に「416・ONE YEN・900」という品位・量目の表記が追加されています。数字だけを見ると地味な変更に思えるかもしれませんが、この表記は一円銀貨が貿易用の実用貨幣であったことを物理的に示すものといえます。

一円銀貨(明治36年=1903年銘)の表裏。竜図と菊・桐の紋章
新一円銀貨の一例(明治36年=1903年銘)。左が竜図の面、右が額面の面。旧一円銀貨(1870年)を写した冒頭の画像と見比べると、意匠の連続と細部の違いがわかります。 Windrain, via Wikimedia Commons / CC0 1.0(パブリックドメイン提供)

国内流通の解禁と、事実上の本位貨幣化

1878年(明治11年)、ついに一円銀貨は日本国内での流通が認められるようになります。当時の日本は名目上は金本位制を採用していましたが、金の準備が不足していたため、この制度は実質的に機能していませんでした。そのため一円銀貨は、事実上の本位貨幣(通貨制度の基準となる貨幣)として国内経済で使われるようになります。

1897年、金本位制への移行と「丸銀」の誕生

転機は1897年(明治30年)に訪れます。日本政府は貨幣法を制定し、金0.75gを1円とする金本位制へ正式に移行しました。この移行の準備金には、日清戦争の賠償金が充てられています。

この貨幣法制定にともない、一円銀貨は国内での流通を停止されることになります。ところが、ここで一つの問題が生じました。当時、一円銀貨は台湾・朝鮮・香港などの外地でも広く流通しており、これを一斉に回収しようとすると貿易の混乱を招きかねなかったのです。

そこで政府がとった措置が、「丸銀」と呼ばれる特殊な打刻でした。円形の中に「銀」の字を刻んだ極印(ごくいん。硬貨に追加で打たれる公的な刻印)を一円銀貨に打ち、外地限定・銀塊扱いとして流通を継続させたのです。このように、鋳造後の硬貨に別途打たれる刻印は、専門的には対銘印(カウンターマーク)と呼ばれる分類に属します。

丸銀極印の打刻・使用が始まったのは1897年で、市場での混乱(丸銀の有無によって扱いに差が出たこと)を理由に、翌1898年(明治31年)には早くも取りやめとなりました。実施期間はおよそ1年に満たない短さです。この期間の短さから現存数も少なく、丸銀が打たれた一円銀貨は現代のコレクター市場で希少品として評価されています。なお、大阪・東京それぞれの造幣局での具体的な打刻枚数や、打刻位置による製造元の判別方法については、資料によって記述に幅があり、確度の高い裏付けが取れていません。本記事では踏み込んだ断定を避けます。

発行終了、そして製造は外地向けに続いた

一円銀貨は1870年(明治3年)銘から1914年(大正3年)銘まで、実に長期間にわたって製造が続けられました。1897年の金本位制移行によって国内での流通は止まりましたが、台湾など外地での需要が残っていたため、製造そのものはその後も継続されたのです。国内では「過去の貨幣」になりつつあった一円銀貨が、外地では実用の通貨であり続けたという、この時代の日本の通貨制度の複雑さを物語るエピソードといえます。

一円銀貨(大正3年=1914年銘)の表裏。竜図と菊・桐の紋章
製造最終期にあたる大正3年(1914年)銘の一円銀貨。国内流通が止まった後も、外地向けにこの年まで製造が続きました。 Windrain, via Wikimedia Commons / CC0 1.0(パブリックドメイン提供)

市場での評価と贋作への注意

一円銀貨・貿易銀の中でも、特に評価が高いのが明治8年(1875年)銘です。この年号は現存数が極めて少なく、国際的なオークション市場でも突出して希少な年号として扱われています。大手オークションハウスのヘリテージ・オークションズは、明治8年銘一円銀貨のロット説明で「群を抜いて最も希少な一円銀貨」と紹介しています。海外オークション市場では、こうした希少年号に相応の関心が集まる傾向がありますが、実際の落札額は個体の状態や出品時期によって大きく変動するため、具体的な金額をここで断定することは避けます。

希少であることの裏返しとして、明治8年銘には贋作のリスクも伴います。第三者鑑定機関のNGC(Numismatic Guaranty Company)は、「世界のコイン贋作トップ25」のリストに明治8年銘貿易銀を第14位として挙げており、贋作が多く出回っている代表的な世界コインの一つとされています。

真贋を見分ける一つの手がかりとして、重量測定が挙げられます。本物の一円銀貨は26.96gですが、偽物は規定重量より軽い個体が多いとされ、重量が明らかに不足する個体は偽物の可能性が高いというのが国内買取業者の目安の一つです。もっとも、重量だけで真贋を完全に判定できるわけではなく、あくまで参考材料の一つと考えるべきでしょう。

贋作が多い背景には、制度的な事情もあります。大正時代以降、一円銀貨はすでに流通貨幣ではなくなっていたため、レプリカ・模造品の製造自体は違法とされてきませんでした。これが現代における偽物・レプリカの多さにつながっているとされています。

国内買取業者の目安としては、状態や年号によって評価に差があり、丸銀のような希少な個体は相応に高く評価される傾向があるとされます。ただし、こうした買取相場は業者や時期によって幅があり、将来の値上がりを保証するものではありません。アンティークコインは状態や市場動向によって評価が変わり、売却時にすぐ買い手が見つかるとも限らない点にご留意ください。購入を検討する際は、鑑定機関による認定を受けた個体を選ぶなど、リスクを下げる工夫をおすすめします。発行枚数(ミンテージ)についても、資料によって数値が食い違うケースがあり、単一の数字を鵜呑みにせず幅を持って理解することが大切です。

まとめ

同時代のアジア銀貨の全体像は中国近代銀貨入門、専門用語は用語集、ほかのコインはコイン図鑑からご覧ください。

関連する総合ガイドを読む →

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

どのコインから始めればいいか迷っていませんか

予算別に、最初の1枚として現実的な選択肢をまとめています。

予算別スターターキットを見る

実際に購入を検討される方へ

当サイトの運営者は、アンティークコインを扱う店舗を運営しています。記事で解説した内容は、実際の売買を通じて得た知見にもとづくものです。

ご相談は LINEでも承っています

運営者情報はこちらをご覧ください。