アレクサンドロスの銀貨

英語名Tetradrachm of Alexander the Great
発行地域マケドニア王国とその後継国
時代紀元前336年〜紀元前1世紀
素材

アレクサンドロス大王の名を冠したテトラドラクマは、推計6,000万枚が鋳造されたとされます。史上最も広く流通したコインのひとつです。

そのぶん、**状態を選ばなければ200米ドル台から入手できます。**古代ギリシャの入口として現実的な選択肢です。

アレクサンドロス大王のテトラドラクマ(メンフィス鋳造、紀元前332〜323年)。重量17.2g、直径25.5mm。生前に発行された個体です。

描かれているのは大王ではありません

日本の読者が最も誤解しやすい点です。

表面の人物はライオンの皮をかぶった若きヘラクレスであり、アレクサンドロス大王本人の写実的な肖像ではありません。

裏面は玉座に座るゼウスです。右手に鷲、左手に王笏を持っています。

裏面の銘 ΑΛΕΞΑΝΔΡΟΥ は「アレクサンドロスの」という所有格で、発行者を示すものです。「これはアレクサンドロスの顔だ」という意味ではありません。

なぜヘラクレスなのか

マケドニア王家(アルゲアス朝)は、**ヘラクレスの子孫を称していました。**アルゴス王テメノスを介した系譜とされます。

つまりこの図像は、王家の正統性を示す装置です。

なお、生前発行の一部ではヘラクレスの顔立ちに大王自身の面影が反映されているという見方もありますが、裏づけが十分ではないため、この記事では断定しません。

基本情報

項目数値
額面4ドラクマ(テトラドラクマ)
重量理論値約17.2g(アッティカ標準)
直径約24〜31mm。個体差が大きい

米国貨幣学会の実例では17.1〜17.24gの範囲です。直径は25.5mm(メンフィス)から32mm(オデッソス、後代)まで幅があります。

生前と死後で発行が続きました

このコインの特異な点です。

大王の生前、鋳造していた造幣所は25カ所でした。

死後まもなく31カ所に増え、死後約100年の紀元前3世紀末には51カ所が「アレクサンドロス型」の銀貨を発行し続けていました。この推移はブラウン大学の研究資料によるものです。

死後発行のテトラドラクマ(オデッソス鋳造、紀元前125〜70年)。重量16.6g、直径32mm。大王の死から200年以上後のものです。

判別の標準文献は、マーティン・プライスによるカタログ(Price番号)です。

このカタログによれば、発行の全期間を通算すると120カ所を超える造幣所が関わり、造幣所識別のための記号とモノグラムの組み合わせは1,000通り以上にのぼります。

購入時に「Price 691」といった番号が示されていれば、鋳造地と時期が特定されているということです。アトリビューションの考え方もあわせてご覧ください。

生前と死後の見分け方

上の2枚を見比べると、大きさが違うことが分かります。

生前発行死後発行
直径25〜26mmが典型30mmを超えるものが多い
地金厚め広く薄い
ΑΛΕΞΑΝΔΡΟΥΒΑΣΙΛΕΩΣ(王の)が付くことがある

注意点があります。「ゼウスの脚が開いていれば生前、交差していれば死後」という判別法が広く語られてきましたが、現在では確実な方法ではないことが分かっています。

簡易的な目安としては使えますが、確実な判別には専門家の鑑定が必要です。

ドラクマもあります

アレクサンドロス型のドラクマ表面。ヘラクレスの肖像。テトラドラクマより小型
アレクサンドロス型のドラクマ(アビュドス鋳造、紀元前328〜323年)。重量4.26g。テトラドラクマの4分の1の額面です。 American Numismatic Society (1944.100.85069) / パブリックドメイン

ドラクマはテトラドラクマの4分の1の額面で、重量も約4分の1です。

多くの造幣所ではテトラドラクマが主要額面でしたが、小アジアの一部の造幣所ではドラクマもまとまった量が鋳造されました。

**予算を抑えたい場合、ドラクマは選択肢になります。**同じ意匠で、より小さく、より安価です。

リュシマコスの「角のあるアレクサンドロス」

リュシマコスのテトラドラクマ表面。雄羊の角を持つ神格化されたアレクサンドロスの肖像
リュシマコスのテトラドラクマ(サルディス鋳造、紀元前297〜287年)。重量17.01g。雄羊の角を持つ、神格化されたアレクサンドロスです。 American Numismatic Society (1944.100.81216) / パブリックドメイン

比較のために挙げます。

大王の死後、後継者(ディアドコイ)の一人リュシマコスは、自身の貨幣に雄羊の角を戴いたアレクサンドロスを描きました。角はアモン神の象徴です。

彫刻家リュシッポスの像を基にしたとされます。

**こちらは明確にアレクサンドロスを描いています。**ヘラクレス+ゼウスの組み合わせとは、図像がまったく違うことが分かります。

なお、生存中の王の肖像を初めて刻んだのはプトレマイオス1世とされます。詳しくは古代ギリシャコイン入門をご覧ください。

6,000万枚という数字について

この推計は、研究者フランソワ・ド・カラタイによるものです。約3,000種の表面の極印を用いたというダイ・スタディから算出されています。

鋳造記録の実数ではなく、学術的な推計値である点にご注意ください。

市場での位置づけ

CNG のオークション実績から、実勢が確認できます。

内容状態結果
アスペンドス鋳造(Price 2888)Good VF250米ドル
コリントス鋳造(Price 691、死後発行)EF535米ドル
アスペンドス鋳造Good VF200米ドル/500米ドル(別々の機会)

**同じ鋳造地・同程度の状態でも、機会によって価格に幅があります。**上の表では、同じアスペンドス鋳造の Good VF が200米ドルと500米ドルの両方で落札されています。2.5倍の開きです。

したがって「Good VF ならいくら」と一つの数字で言うことはできません。**同じ等級でも数百米ドルの幅を見ておく必要があります。**差を生むのは、状態の細部、打刻の中心のずれ、出品時の競合状況などです。

そのうえで言えば、古代ギリシャの主要貨種のなかでは選択肢が多い部類です。数千米ドル規模が前提となるシュラクサイのデカドラクマと比べれば、入口としての現実味があります。

なお日本の古銭市場で使われる「並品」「美品」といった表現と、VF・EF などの等級は前提が異なります。混同しないようご注意ください。

いずれも執筆時点で確認した情報であり、相場は変動します。

状態評価

NGC Ancients では、摩耗度に加えて **Strike(打刻)**と **Surface(表面)**を5点満点で評価します。

打刻の評価にはセンタリング(図柄の中心の取れ方)が含まれます。手打ちのため中心がずれた個体は多く、図柄が欠けずに収まっているかが評価を分けます。

この貨種は流通量が多いぶん、同じグレードでも見た目の差が大きい傾向があります。写真をよく確認してください。

まとめ

アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。

古代ギリシャの貨幣全体は古代ギリシャコイン入門、ほかのコインはコイン図鑑からご覧ください。

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本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

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