古代ギリシャコイン入門
古代ギリシャのコインは、貨幣そのものが生まれた瞬間から始まります。そして数百年のうちに、美術品と呼ぶべき水準に達しました。
しかも意外なことに、**100米ドル以下で買える古代ギリシャのコインは珍しくありません。**この記事では、その全体像を整理します。
貨幣は小アジアで生まれました
貨幣の鋳造は、紀元前7世紀後半、小アジア(現在のトルコ西部)のリディア王国で始まったとされます。
素材は金でも銀でもなく、**エレクトラム**という金銀の自然合金でした。
リディアのエレクトラム貨(紀元前610〜560年頃)。重量4.63g、10.3×12.6mm。表面にライオンの頭部、裏面は打刻痕のみという最初期の形式です。
なぜリディアだったのか
**地理的な理由があります。**エレクトラムはリディアを流れるパクトロス川など、現地の川で自然に産出していました。
しかし自然の合金なので、**金の含有率が一定しません。**そこで重量と品質を保証する刻印を打つという発想が生まれました。これが貨幣の起源です。
最後の王クロイソス(在位およそ紀元前560〜546年)は紀元前550年頃、エレクトラム貨に代えて純金・純銀の貨幣を導入し、世界初とされる複本位制を確立しました。
なお、**最初の貨幣が正確にいつ生まれたかは確定していません。**紀元前630年頃とするもの、600〜625年頃とするものなど、資料によって幅があります。学術的な論争が続いている領域です。
最初期の貨幣は片面だけです
初期のリディア貨をよく見ると、裏面には図像がなく、四角い打刻痕だけが残っています。
これは下側の極印に図像を彫り、上から先の尖った打ち具で叩いて固定していたためです。裏面の図像は、まだ発明されていませんでした。
両面に図像を持つコインが一般化するのは、この後の時代です。手にした一枚がどの段階のものかは、裏面を見れば分かります。
図像は都市の紋章でした
古代ギリシャは統一国家ではなく、都市国家(ポリス)の集合体でした。各都市が独自の図像を貨幣に刻み、それが識別標識として機能しました。
左:コリントスのスタテル(紀元前386〜307年、8.36g)。天馬ペガサス。右:アイギナのスタテル(紀元前380〜370年、11.98g)。亀。
| 都市 | 図像 |
|---|---|
| アテナイ | アテナ女神とフクロウ |
| コリントス | ペガサスとアテナ女神 |
| アイギナ | 海亀・陸亀 |
| シュラクサイ | ニンフ・アレトゥーサと四頭立て戦車 |
アイギナの銀スタテル(約12.2g)は、ギリシャ世界で最初期の銀貨のひとつです。紀元前6〜5世紀にかけて、南ギリシャや島嶼部で広く通用する交易通貨として機能しました。
アテナイのフクロウ
古代ギリシャで最も知られたコインが、アテナイのテトラドラクマです。
アテナイのテトラドラクマ(紀元前450〜400年頃、17.06g)。表面のアテナ女神と、裏面のフクロウ。
アッティカ標準と呼ばれる重量規格(理論値約17.2g)で鋳造され、300年以上にわたって地中海世界で支配的な交易通貨でした。
鋳造の開始は埋蔵資料から紀元前510年頃と推定されており、僭主政の終焉と民主政改革(前508/7年)の時期に重なります。財源はアッティカ地方ラウリオンの銀山でした。
**なお「フクロウ」は英語圏の収集界での通称(owl)です。**古代ギリシャ人自身は「グラウクス(小さなフクロウの意)」と呼んでいました。
詳しくはアテナイのフクロウ銀貨で解説しています。
フクロウ以前
アテナイではフクロウ貨以前に、ヴァッペンミュンツェンと呼ばれる図柄が一定しない古拙期の銀貨が発行されていました。紀元前560年頃の僭主ペイシストラトスの時代からです。
この名称は19世紀のドイツ人研究者による「貴族の紋章」説に由来しますが、現在では多くの研究者に疑問視されています。
額面の体系
ギリシャの貨幣はドラクマを基準単位としていました。
| 単位 | 換算 |
|---|---|
| 6オボロス | = 1ドラクマ |
| 2ドラクマ | = ディドラクマ(多くの地域でスタテルと同義) |
| 4ドラクマ | = テトラドラクマ |
| 10ドラクマ | = デカドラクマ |
会計上の単位として、100ドラクマ=1ミナ、60ミナ=1タラントも用いられました。
注意点があります。古代の「ドラクマ」と、1832年から2001年まで流通した近代ギリシャの通貨単位「ドラクマ」は、名称が同じでも約2000年隔たった別のものです。
ヘレニズム期 — 王の肖像が登場する
貨幣史の大きな転換点が、この時期に訪れます。
アレクサンドロス大王のテトラドラクマ(紀元前336〜323年、17.14g)。左:ライオンの皮をかぶったヘラクレス。右:玉座のゼウス。
大王の肖像ではありません
日本の読者が最も誤解しやすい点です。
アレクサンドロス大王のテトラドラクマに描かれているのは、大王自身ではなく、ライオンの皮をかぶった若きヘラクレスです。大王の顔立ちを反映した理想化された姿とされますが、肖像画ではありません。
裏面は玉座のゼウス神です。
このコインは推計6,000万枚が鋳造されたとされます。大王の生前には帝国内25の造幣所で製造されていました。発行は大王の死後も続き、数世紀にわたって作られ続けています。詳しくはアレクサンドロスの銀貨をご覧ください。
詳しくはアレクサンドロスの銀貨をご覧ください。
生存中の王の肖像が初めて刻まれたのは
**プトレマイオス1世(エジプト)**とされます。紀元前305/4年頃、王位を宣言した直後に自身の肖像を刻んだ金貨を発行しました。
それ以前のヘレニズム世界の貨幣には、神格化された存在(神やアレクサンドロス大王の姿)のみが描かれるのが通例でした。
人間が自分の顔を貨幣に刻むという行為は、この時点で始まったことになります。後のローマ皇帝の肖像も、この延長線上にあります。
なおトラキア王リュシマコスの貨幣に見られる角を持つ肖像は、リュシマコス自身ではなく神格化されたアレクサンドロス大王とされます。大王の後継者としての正統性を示す狙いがあったと考えられています。
シュラクサイ — 彫刻師が署名を残した
シチリアのシュラクサイが紀元前405〜400年頃に発行したデカドラクマには、彫刻師キモンとエウアイネトスが自らの署名を刻んだ作例が残っています。
**古代の貨幣において、これは極めて異例です。**作り手が名前を残すという発想自体が、通常は存在しませんでした。
発行の目的については、紀元前413年のアテナイ軍撃退を記念した競技会の褒賞とする説と、僭主による傭兵への支払いとする説があり、決着していません。流通期間が短く、多くが後代に溶かされたため、現存数は多くありません。
詳しくはシュラクサイのデカドラクマをご覧ください。
製造技法 — すべて手打ちです
古代ギリシャの貨幣は、すべて手作業のハンマー打ちで作られました。金属の地金を上下一対の極印のあいだに挟み、槌で打って図柄を転写します。
したがって、打刻の中心のずれ(センタリング)や形の歪みは正常な特徴です。欠陥ではありません。
インキューズ技法
南イタリア(マグナ・グラエキア)の都市では、表面のレリーフが裏面にそのまま凹んで現れる特殊な技法が使われました。インキューズと呼ばれます。
紀元前6世紀半ばから、シュバリス、メタポンティオン、クロトンなどが採用しました。表裏の極印を高精度に合わせる必要があり、技術的に難しい方式です。
この地域には天然の銀資源が乏しかったため、輸入した貨幣を打ち直す作業を助ける目的があったとされます。
ほとんどの都市は紀元前500年頃までに、メタポンティオンなどは前440〜425年頃までにこの技法をやめました。
収集の実際
100米ドル以下から始められます
これが古代ギリシャの大きな魅力です。
業界誌が挙げている例です。
| 貨種 | 価格の例 |
|---|---|
| カルキディア同盟の銀テトロボロス | 約65米ドル |
| シキュオンの銀トリオボロス | 約70米ドル |
| タラスの銀ディオボロス | 約75米ドル |
| アレクサンドロス3世の銀ドラクマ | ほぼ100米ドル |
オークションのグループロット(複数枚まとめ売り)では、1枚あたりの単価がさらに下がります。小アジアの混合コイン16枚で1枚あたり約14米ドルという例も報告されています。
一方で最高峰は桁が違います。シュラクサイのデカドラクマは、オークションによって数万米ドルから数十万米ドル台まで幅があります。2014年にはエウアイネトス様式の個体が34万750米ドルで落札されました。
いずれも執筆時点で確認した情報です。相場は変動します。
状態評価
NGC Ancients では、**Strike(打刻)**と **Surface(表面)**をそれぞれ5段階で評価します。
ギリシャコインでは特に打刻の良否が重視されます。髪の巻き毛や衣のひだがどこまで精細に出ているかが、評価を大きく左右します。
ローマコインとの違い
すでに古代ローマを見ている方のために、評価軸の違いを整理します。
| 古代ギリシャ | 古代ローマ | |
|---|---|---|
| 発行主体 | 都市国家ごと | 共和政期は造幣官、帝政期は皇帝 |
| 図像の役割 | 都市の紋章 | 統治者の広報 |
| 年代の特定 | 様式や刻印から推定 | 皇帝の称号(TR P など)から絞り込める |
| 現存量 | 都市によって大きく違う | 皇帝によって大きく違う |
| 収集の軸 | 都市・図像・美術性 | 皇帝・貨種・図像 |
年代特定の手がかりが違うのが実務上の大きな差です。ローマでは銘文の称号から発行年を絞り込めますが、ギリシャでは様式や造幣所の刻印から推定することになります。
そのぶんギリシャは「どの都市のどんな図像か」で選ぶという、直感的な楽しみ方ができます。
カタログ
| 略号 | 内容 |
|---|---|
| SNG | Sylloge Nummorum Graecorum。1930年に英国学士院が創設。120巻以上 |
| BMC Greek | 大英博物館が1873〜1929年に刊行した全29巻 |
| Sear | David R. Sear『Greek Coins and Their Values』(初版1979年、全2巻) |
いずれも大部の文献ですが、販売ページに「SNG Cop. 123」のような記載があれば、それが分類の根拠になります。番号が示されているかどうかは、出品者がきちんと同定しているかの目安にもなります。
アトリビューションの考え方もあわせてご覧ください。
何から始めるとよいか
予算を抑えて全体像をつかみたい場合、次の順序を勧めます。
1. まず1枚、状態を求めずに手に取る
数十米ドル台の小額面銀貨(テトロボロス、トリオボロス、ディオボロスなど)で構いません。**古代の手打ち貨がどういう質感なのかは、写真では分かりません。**歪みや打刻のずれが「正常な特徴」だと実感できます。
2. アテナイのテトラドラクマを1枚
古代ギリシャの基準となる1枚です。テストカットのある個体なら数百米ドル台から探せます。詳しくはアテナイのフクロウ銀貨をご覧ください。
3. 図像で選ぶ
ここから先は好みの世界です。コリントスのペガサス、アイギナの亀、といったように、都市ごとの図像で集めるのがギリシャらしい楽しみ方になります。
避けたほうがよいものも挙げておきます。
- 無鑑定の高額品 — 贋作リスクが最も高い組み合わせです
- 来歴の記載がない稀少貨 — 輸出入規制の観点でも不利になります
- 「投資価値」を前面に出した販売 — 古代コインは流動性が低い資産です
注意点
贋作については、ギリシャ・トルコ・イタリア・エジプトなどで現在も精巧な模造品が製造されているとされます。加えて、本物の表面を彫り直して希少な変種に見せかける「ツーリング」も存在します。
輸出入規制も重要です。アメリカではギリシャ・イタリア・トルコを含む16カ国からの一部の考古学的物品について、二国間協定に基づく輸入制限があります。
プロヴェナンス(来歴)が文書化された、古い欧米コレクション由来のコインは、真贋と合法性の両面で信頼度が高いとされます。
まとめ
- 貨幣は紀元前7世紀後半、リディアでエレクトラム貨として生まれました
- 都市ごとの図像が紋章として機能しました。ペガサスはコリントス、亀はアイギナです
- アテナイのテトラドラクマは300年以上、地中海の基軸通貨でした
- アレクサンドロス大王のコインに描かれているのは大王ではなくヘラクレスです
- 生存中の王の肖像を初めて刻んだのはプトレマイオス1世とされます
- シュラクサイでは彫刻師が署名を残しました。古代では極めて異例です
- 100米ドル以下から始められる分野です
アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。
個別のコインはコイン図鑑、専門用語は用語集から確認できます。時代が下ったローマの貨幣については古代ローマコイン入門をご覧ください。
この分野の個別コイン解説
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