ヒスティアイアのテトロボル銀貨とは|歴史と図柄解説

英語名Histiaea Tetrobol (Nymph of Euboea)
発行地域古代ギリシャ
時代前369年頃〜前146年(主に前3〜2世紀)
素材

この記事で分かること

Histiaea Tetrobol (Nymph of Euboea) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (2004.14.42) / パブリックドメイン
Histiaea Tetrobol (Nymph of Euboea) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (2004.14.42) / パブリックドメイン

Histiaea Tetrobol (Nymph of Euboea)(American Numismatic Society (2004.14.42))

ヒスティアイアという都市の歴史

ヒスティアイアは、エウボイア島の北部に位置した古代都市です。のちにオレウスと呼ばれるようになりました。

この地名は、ホメロスの叙事詩『イリアス』の船目録の中で「ブドウ豊かな地」と形容されています。実際にヒスティアイアはワイン交易で栄えた海港都市であったとされ、ブドウの蔓を用いた意匠が貨幣にも表れています。

歴史の面では、前480年のアルテミシオン海戦の後にペルシアの占領を受けました。その後ペルシア勢力が撤退すると、今度はアッティカ、すなわちアテナイの支配下に入ります。さらに前446年にはエウボイア全体で反乱が起こり、これを鎮圧したペリクレスは元の住民を追放し、アテナイからの植民者2000人を入植させたと伝えられます。

なお都市名は、神話上の人物であるヒュリエウスの娘ヒスティアイアに由来するとされています。古代ギリシアの都市名の多くが神話的な人物や出来事と結び付けられており、ヒスティアイアもその例に漏れません。こうした都市と貨幣図柄の関係については、古代ギリシアコインの基礎知識でも幅広く紹介しています。

テトロボル銀貨の基本データ

本稿で取り上げるテトロボルは、銀(AR)製の中額面貨幣です。標準的な重量はおよそ2.1グラムから2.5グラムとされ、実測値として2.13グラム、2.21グラム、2.27グラム、2.47グラムなどが確認されており、個体差が見られます。直径はおよそ14ミリから16ミリです。

素材の純度については、約95パーセントと紹介する業者も見られますが、これは要確認の情報です。古代貨幣の場合、鋳造時期や産地によって銀の純度にばらつきがあることは珍しくなく、断定的な数値として扱うことは避けるべきでしょう。

表裏に描かれた図柄の意味

このテトロボルの表面と裏面には、それぞれ特徴的な図柄が刻まれています。

表面には、都市の名を冠するニンフ・ヒスティアイアの頭部が右向きに描かれています。頭部はブドウの蔓、すなわち蔦の冠を被っており、図柄によっては耳飾りや首飾りを着けた姿で表現されているものもあります。ワイン交易で栄えた港市らしい意匠といえるでしょう。

裏面には、同じくニンフが軍船の船尾に座る様子が描かれます。ニンフはマストと横木からなるトロフィー・スタンドを手にしており、一部の版では図柄の下部にトライデント、つまり三叉槍の頭部が配置されています。さらに船の側面に翼の意匠を加えた版も存在します。船と翼、三叉槍といった海に関わるモチーフが組み合わされている点は、この都市が海港として発展した歴史を反映していると考えられます。

貨幣の周囲には、ギリシャ文字で都市名を示す「IΣTIAIEΩN」の銘が刻まれています。

発行時期をめぐる諸説

このテトロボルの発行時期については、資料によって見解が分かれています。1884年に刊行された大英博物館の目録、いわゆるBMCでは、前196年から前146年の間の発行と記載されています。

一方で、一部の研究では前267年から前200年頃、エウボイア同盟が存在した時期の発行とする説も提示されています。どちらが正しいかは現時点で確定的とは言えず、今後の研究の進展を待つ必要があります。

なお前146年は、ローマによるギリシャ支配が確立した年にあたり、この貨幣の発行終了時期とも重なっている点が指摘されています。

ちなみにヒスティアイアが独自の貨幣鋳造を始めたのは、前4世紀中頃、おおよそ前369年頃からとされていますが、これも要確認の情報です。伝承では、僭主ピリスティデス、あるいはフィリアリデスとも呼ばれる人物の追放を記念して発行された貨幣型であるとの説明も見られます。

額面としてのテトロボルと当時の価値

テトロボルという名称は、4オボロス相当の額面であることを示しています。古代ギリシアの貨幣制度では、ドラクマの下位単位としてオボロスが用いられ、その4分の1、つまり4オボロスがテトロボルにあたります。

一説には、このテトロボル1枚が熟練労働者の半日分の賃金に相当したとも説明されますが、こちらも要確認とされる情報です。当時の物価や賃金水準を正確に復元することは難しく、あくまで目安として理解しておくのが妥当でしょう。

関連する貨幣とその後の展開

テトロボルに先立ち、同じ図柄構成を持つドラクマ銀貨も発行されていました。前350年から前300年頃のものとされ、直径17ミリ、重量3.35グラムという記録が残っています。テトロボルよりも一回り大きな貨幣であったことが分かります。

また銀貨だけでなく、青銅貨、いわゆるAEにも同系統の図柄が用いられました。ニンフの頭部にブドウ房を組み合わせた意匠や、トロフィーを描いた図柄が確認されています。銀貨と青銅貨で共通のモチーフを使い分けることは、当時の都市貨幣ではしばしば見られる手法です。

参考文献としては、大英博物館目録のBMC中部ギリシア編128ページ36番、シアーの古代貨幣総覧第1巻233ページ2495番、コペンハーゲン国立古銭陳列館のシリーズであるSNGコペンハーゲン517番などが挙げられます。

現存する個体と来歴

このテトロボルの現存例として、オーストラリアのミュージアムズ・ヴィクトリアが所蔵する個体が知られています。記録によれば、この個体は画家エウジェーン・フォン・ゲラルドが1880年より前に、ロンドンのリンカーンという業者から1シリング6ペンスで購入したものだとされています。

こうした購入記録や所蔵の経緯は来歴と呼ばれ、古代貨幣の真贋や価値を考える上で重要な手がかりとなります。現代の遺跡地は、ギリシャのオレイイ村にあたるとされています。

収集にあたっての注意点

古代ギリシアの銀貨は、時代や産地によって重量や図柄の細部に差異があり、同じ都市の同じ額面であっても個体ごとに状態は様々です。購入を検討する際には、鑑定機関によるグレーディング評価を参考にする方法もありますが、あくまで参考情報の一つとして捉えるべきでしょう。

なお、古代貨幣を投資対象として捉える見方もありますが、価格は市場動向や個体の状態によって変動するものであり、将来的な値上がりを保証するものではありません。執筆時点での情報として、あくまで歴史的資料や収集対象としての魅力を中心にご紹介しました。

ヒスティアイアのテトロボルは、小さな銀貨の中に、海港都市としての歴史、神話に由来する都市名、そして時代とともに変化した政治的立場までが凝縮された一枚といえるでしょう。図柄の細部を観察しながら、その背景にある物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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