エンジェル金貨(ジェニー)とは

英語名20 Francs Génie (Angel)
発行地域フランス
時代1848〜1849年(第二共和政)、1871〜1898年(第三共和政)
素材

日本で「エンジェル金貨」と呼ばれるフランスの20フラン金貨には、名前そのものにねじれがあります。この記事では、その名前の由来から、発行時期、年号による希少性の差、そして広く知られる「幸運を呼ぶコイン」という逸話がなぜ史実として成立しないのかまでを解説します。

この金貨はフランス近代金貨入門で紹介した20フラン金貨のうち、最も知られた意匠の一つです。

「エンジェル」という名前のねじれ

まず押さえておきたいのが、名前の由来です。

このコインの正式なフランス語名称は「20 francs or Génie」で、「Génie」は守護神や自由の精霊を意味します。「天使」ではありません。

英語圏のディーラーが、翼を持つこの精霊像を「Angel(天使)」と通称したことが広まり、日本語の「エンジェル金貨」という呼び方につながったと考えられます。つまりフランス側の呼称は「精霊」であり、「エンジェル」は輸入された通称というわけです。

デザイナーと図案

図案を手がけたのは、彫刻家オーギュスタン・デュプレ(1748〜1833年)です。1791年7月に国民議会から貨幣総彫刻官に任命され、1792年、彼の手になる「翼ある精霊」がフランス革命期の貨幣に初めて登場しました。

図案の構図は次のとおりです。

この構図は、後の第二共和政・第三共和政の20フラン金貨にもそのまま受け継がれました。

発行は二度、三段階に分かれる

「ジェニー」型の20フラン金貨には、正確には3つの段階があります。

  1. 1792年の原型 — 革命期に登場した最初のバージョンです。ただしこれは20フランとは別の額面のコインでした
  2. 1848〜1849年、第二共和政の20フラン金貨 — 裏面に「24.25 FEV. 1848」(1848年2月24〜25日、二月革命の日付)と刻まれた版があります
  3. 1871〜1898年、第三共和政の20フラン金貨 — 発行数・知名度とも圧倒的に多く、現在「エンジェル金貨」として市場に出回る個体の大半はこの時期のものです

「革命期と第三共和政期の2つに分かれる」という説明を見かけることがありますが、これは正確ではありません。1792年の原型(別額面)、1848〜1849年の第二共和政20フラン、1871〜1898年の第三共和政20フランという3段階で理解するのが正確です。

第三共和政期のジェニー型は、全量が**パリ造幣局(造幣所記号A)**で鋳造され、シリーズ全体の総鋳造枚数は約8,600万枚とされています。

1888年Aはなぜ最少なのか

同じ意匠でも、年号によってミンテージ(発行枚数)は大きく異なります。第三共和政期の年号別の枚数を一部挙げます。

年号発行枚数
1871年A2,508,494枚
1875年A11,677,031枚
1876年A8,824,658枚
1877年A12,759,057枚(シリーズ最多)
1888年A27,707枚(シリーズ最少)
1893年A2,457,168枚
1895年A5,293,347枚
1897年A11,068,977枚
1898年A8,866,327枚

1877年Aは1888年Aのおよそ460倍にあたる枚数が発行されました。同じ図柄・同じ造幣所のコインでも、年号によって希少性の桁が変わるということです。

購入や収集の際、年号を確認しないまま「エンジェル金貨」とひとくくりに扱ってしまうと、この差を見落とすことになります。

規格とエッジの文字

規格は次のとおりです。フランス近代金貨全体に共通する規格そのままです。

項目数値
総重量約6.45g
純金量約5.81g
品位900/1000
直径21mm
厚さ1.3mm

側面(エッジ)には「DIEU PROTEGE LA FRANCE(神はフランスを守る)」という文字が刻まれています。コインの側面に文字を刻む縁刻は、装飾であると同時に、縁を削り取る不正を防ぐ目的も持つ加工です。

なお、20フラン金貨のうち「マリアンヌと雄鶏」型は1951〜1960年に旧年銘のまま再鋳造される「ピネー再鋳造」の対象になりましたが、**ジェニー型はこの再鋳造の対象ではありません。**リストライク(再鋳造)という概念自体についてはフランス近代金貨入門で解説しています。

流通の終わり

この型は1928年に公式に流通から撤回されました。その後もフラン自体は法定通貨として存在し続けましたが、2005年のフラン交換期限をもって、完全に非流通の貨幣となっています。

「幸運を呼ぶコイン」という逸話 — なぜ史実として成立しないのか

この金貨には「幸運を呼ぶコイン(ラッキーエンジェル)」という通称と、それにまつわる逸話が広く流布しています。

  1. デュプレ自身が革命期に処刑を免れた際、この精霊像のメダルを持っていたという話
  2. ナポレオンがワーテルローの戦いの前夜に、このコインを川に投げ捨てたという話

こうした逸話は日本語の販売サイトでも史実であるかのように紹介されることがあります。しかし、この逸話には裏付けがありません。

海外の専門メディアCoinWeekは、この伝説について記事内で明確に「史実的な裏付けはない」と述べています。一方でAPMEXなど一部の販売サイトは、史実であるかのように紹介しており、業界内でも扱いが割れているのが実情です。

とくに2つ目の逸話には、年代の決定的な矛盾があります。

つまり、ジェニー型20フラン金貨が実際に発行されたのは、いずれもナポレオン1世が世を去ったあとです。ナポレオン1世本人が、このコインを手にすることは年代的にできません。

これは荒唐無稽な作り話というより、1792年の原型(20フランとは別額面)と混同された可能性が高いと考えられます。1792年は革命期にあたり、当時20代だったナポレオンが同時代の貨幣として目にした可能性自体は否定できないためです。ただしそれは今日「エンジェル金貨」として流通している20フラン金貨そのものではありません。

広く信じられている逸話には、たいてい何らかの理由があります。この場合は、同じ意匠が長期間・複数の額面で使われたことが、時代の異なるコイン同士を混同させる土壌になったと考えられます。

市場での位置づけ

エンジェル(ジェニー)型20フラン金貨は、地金型コインに近い性格が強いコインです。一般的な年号では、価格の中心は含有する金の重量と純度にあります。

収集価値としてのプレミアムが明確に乗るのは、1888年A銘のような希少年号や、鑑定機関による高いグレードが付いた個体に限られます。

日本国内の貴金属買取店では、このコインを地金相場に連動する扱いを受ける商品として取り扱っている例があります。ただし買取価格は店舗や時期によって異なり、金相場の変動も直接受けます。具体的な金額は執筆時点でも変動するため、本記事では取り上げません。

アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動し、金相場の影響も受けます。将来の値上がりを約束するものではなく、売却時にすぐ買い手がつくとも限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。真贋の見分け方の基本は偽物の見分け方でも解説しています。

まとめ

フランスの近代金貨全体の制度についてはフランス近代金貨入門、専門用語は用語集、ほかのコインはコイン図鑑からご覧ください。

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