グリフィン金貨パンティカパイオン・スタテル入門
| 英語名 | Panticapaeum Stater (Griffin type) |
|---|---|
| 発行地域 | 黒海北岸(ボスポロス王国) |
| 時代 | 前4世紀(前380年頃〜前304年頃、諸説あり前370〜前300年) |
| 素材 | 金 |
この記事で分かること
- パンティカパイオン・スタテル金貨の素材、重量、発行年代の基本情報
- 表面のサテュロス像と裏面のグリフィン像に込められた意味
- 分数貨や青銅貨など同時期に発行された関連コイン
- 2023年に記録的落札額となったオークションの背景
- コインの来歴(エルミタージュ美術館旧蔵から個人蔵へ)
Panticapaeum Stater (Griffin type)(American Numismatic Society (1967.152.279))
基本情報 金無垢の大型スタテル
パンティカパイオン・スタテルは、素材に金を用いた古代ギリシャ世界の大型コインです。米国貨幣協会(ANS)所蔵例では直径が約40mmとされ、手のひらに収まる程度の重量感のある金貨です。
重量についてはいくつかの基準が知られています。ボスポロス標準と呼ばれる規格では約9.1〜9.21gとされ、一方でアッティカ標準と呼ばれる別の規格では約8.5〜8.6gとされます。同じ「スタテル」という単位名でも、鋳造地や時期によって重量基準が異なっていた点は、古代コインを見る上で興味深い特徴です。なお「スタテル」という語自体は、フェニキアの重量単位であるシェケルに由来するとされています。
発行年代については諸説あり、前380年から前304年頃までの幅で語られることが多いようです。ANS所蔵品については前370〜前350年という、より狭い年代に分類されています。年代の幅広さは、同型式の金貨が比較的長期間にわたり鋳造され続けた可能性を示唆しています。
発行地パンティカパイオンとボスポロス王国
この金貨を発行したのはパンティカパイオンという都市です。現在のクリミア半島にあるケルチにあたる場所で、古代にはボスポロス王国の首都として栄えました。都市自体の起源はさらに古く、前800〜前700年頃にギリシャ人による植民市として建設されたと考えられています。
貨幣の鋳造が始まったのは前5世紀初頭からとされ、当初は他の額面が中心だったようです。金貨の鋳造が本格化するのは前4世紀半ばからで、パンティカパイオン・スタテルもこの時期の産物にあたります。都市の来歴や貨幣制度の変遷を知ることは、コインそのものの価値を理解する上でも欠かせません。より広く古代ギリシャコインの世界を知りたい方は、古代ギリシャコインの基礎知識もあわせてご覧ください。
表面デザイン サテュロス像の正体
コインの表面と裏面には、それぞれ異なる図像が刻まれており、これがこの金貨を特徴づける重要な要素になっています。表面には、ギリシャ神話に登場する半人半獣の存在サテュロスの頭部像が描かれています。かつてはこの像が牧神パンであると誤認されていたとされますが、現在ではサテュロスの頭部像として認識されているようです。
このサテュロス像については、ボスポロス王国の王サテュロス1世を示唆しているのではないかという推測があります。サテュロス1世は前432年から前389年にかけて在位したとされ、スパルトコス朝ボスポロス王家の実質的な祖とされる人物です。王自身の名前と図像上のモチーフが一致することから、この推測がなされているようです。
裏面デザイン グリフィンと麦穂が語るもの
裏面には、槍を口にくわえたグリフィン像が描かれています。グリフィンは獅子の体に鷲の頭と翼を持つ幻獣で、古代の伝承では黄金を守る存在とされていました。歴史家ヘロドトスや博物学者プリニウスも、このグリフィン伝承について言及しているとされます。
図像上、グリフィンは麦穂の上に立つ構図で表現されています。この麦穂の意匠は、当時のパンティカパイオンが担っていた黒海沿岸の穀物交易の繁栄を反映したものと考えられています。黄金を守る幻獣という神話的モチーフと、実際の交易品である麦穂とが一枚のコインの中で組み合わされている点は、このスタテルの図像を語る上で欠かせない要素です。
分数貨と青銅貨 多様だった貨幣制度
パンティカパイオンでは、スタテル金貨だけでなく分数貨も発行されていました。ヘミスタテルと呼ばれる分数貨は重量約4.55gとされ、スタテルのほぼ半分にあたります。さらに小型の1/6スタテルは重量約1.51gとされています。こうした分数貨の存在は、当時の経済活動において高額の金貨だけでなく、より少額の取引にも対応した貨幣が必要とされていたことを示しています。
また、金貨と同時期には青銅貨も発行されていました。青銅貨にはサイズによってAA、A、B、C、D、Eという区分があったとされ、素材や額面によって使い分けられていた古代の貨幣制度の実態がうかがえます。
来歴とオークション記録
パンティカパイオン・スタテルの中でも特に注目されたのが、2023年5月にスイスのオークションハウス、NACで競売にかけられた一枚です。この個体は落札額が5,390,000スイスフラン(約600万ドル)に達し、古代コイン史上最高額の落札記録とされています。専門家ハーラン・J・バークが選んだ「古代コイン100選」でも第39位に挙げられている一枚です。
このコインが通常の同型式と異なるのは、サテュロスの顔の向きです。通常の同型式では完全な左向きの横顔として描かれるのに対し、この落札コインでは四分の三向きという珍しい表現が用いられています。図像上の希少な特徴が、記録的な落札額の一因になったとみられます。
来歴についても特筆すべき点があります。このコインはかつてロシアのエルミタージュ美術館に所蔵されていましたが、1934年にスターリン政権下で資金調達を目的として売却されたとされます。その後、フランスの実業家シャルル・ジレが購入し、個人の手に渡りました。美術館の旧蔵品が国家の事情で市場に流出し、長い年月を経て競売にかけられるという経緯は、古代コインの来歴を追ううえで象徴的な事例といえるでしょう。
同種のスタテルについては、他にも取引記録が残っています。2012年には別の個体が約325万ドルで落札されており、パンティカパイオン・スタテルへの評価が近年に始まったものではないことがうかがえます。また、密輸摘発によって押収された別の同種スタテルには、査定額600万ユーロとされる例もあるようです。この押収品は現在、ギリシャのピレウス考古博物館などで保管されているとされます。こうした事例は、希少な古代金貨が国際的な文化財保護の対象にもなっていることを示しています。
まとめ
パンティカパイオン・スタテルは、ボスポロス王国の首都で鋳造された金貨として、サテュロスとグリフィンという二つの神話的モチーフを一枚に凝縮したコインです。重量基準の違いや発行年代の幅、麦穂が示す黒海交易の繁栄など、図像と背景の両面から読み解ける情報が豊富に残されています。2023年のオークションで記録的な落札額となった事例からもわかるように、古代コイン市場では希少性や来歴、図像の細部が評価に大きく影響します。ただし、こうした高額落札は執筆時点での一事例であり、古代コインへの投資には価格変動などのリスクが伴う点にも留意が必要です。興味を持たれた方は、コインの状態を示すグレーディングや、鋳造枚数を意味する発行枚数といった基礎知識もあわせて学んでみることをおすすめします。
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