キュレネ・スタテル:幻の香草シルフィウム図柄の謎

英語名Cyrene Stater (Silphium type)
発行地域北アフリカ(キュレナイカ)
時代前6世紀末〜前1世紀(最盛期は前4〜前3世紀)
素材

この記事で分かること

Cyrene Stater (Silphium type) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1967.152.687) / パブリックドメイン
Cyrene Stater (Silphium type) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1967.152.687) / パブリックドメイン

Cyrene Stater (Silphium type)(American Numismatic Society (1967.152.687))

キュレネという都市とシルフィウムの物語

キュレネは、ギリシャからの植民者によって前7世紀末から前6世紀にかけて建設された都市とされています。所在地は現在のリビア・シャハト付近と考えられています。都市名は、アポロンにさらわれたという神話上の女性キュレネにちなむと伝えられています。

この都市の歴史を語るうえで欠かせないのが、シルフィウムという植物です。キュレナイカ地方だけに自生した香草・薬用植物で、古代ローマでは調味料や香水のほか、媚薬や避妊薬としても重宝されました。博物学者テオフラストスや、ローマの著述家プリニウスもその価値と希少性を書き残しています。プリニウスはシルフィウムを銀に匹敵する価値があると評したと伝わり、カエサルの時代にはローマ国庫に1500ポンドが備蓄されていたという記録も残っています。

栽培は極めて難しく、人工的に育てる試みはことごとく失敗し、野生種に頼るしかありませんでした。採取のしすぎに加え、砂漠化や牧羊地の拡大が重なり、前1世紀末頃から数量が急速に減り、1世紀には姿を消したとされています。皇帝ネロが最後の一片を口にしたという逸話も語り継がれています。

貨幣に刻まれたシルフィウムの図柄

キュレネの最古期の金貨・銀貨は、エウボイア・アッティカ重量基準を採用していました。金貨にはステーターから半ドラクマまでの額面があり、発行開始は前400年頃までさかのぼるとされています。額面の幅は広く、ステーターの10分の1にあたる13.5グレインの小型貨や、6.9グレインというごく小さな断片状の貨幣も確認されています。

前5世紀の銀テトラドラクマは210から200グレインを基準とし、表面にゼウス・アンモンの頭像、裏面にシルフィウムを描く構図が定番でした。表と裏の役割を示す表面・裏面(オブバース・リバース)という基本用語を押さえておくと、図柄の意味がつかみやすくなります。一部の小額面貨には、キュレネを擬人化した三頭身像やアテナの頭像を用いた例もあります。トリヘミオボルという小額貨幣には、シルフィウムを三つ並べた珍しい「三重シルフィウム」の図柄も見られます。

時代ごとの変遷とバリエーション

前480年から前435年頃に発行されたテトラドラクマは、直径25から27ミリメートル、重量は約17グラム前後でした。この時期には、エウヘスペリデスという都市との連合を示す「ΕΥΕΣ」の刻印が入った貨幣も存在します。

時代が下って前308年から前277年に発行されたディドラクマは、重量が約7.5から7.6グラム、直径は約21ミリメートルとやや小型化しました。この時期のディドラクマには、アポロンの神格の一つとされるカルネイオスの頭像とシルフィウムの図柄が組み合わされています。また、プトレマイオス2世の異母弟でキュレネ総督を務めたマガスの治世に発行された貨幣も残っており、マガスの在位は前294年から前275年頃と考えられています。

これらの貨幣には、アリスティオスなど発行責任者とみられる人物の名が刻まれた例も複数見つかっています。発行地や発行者を示すこうした痕跡は、貨幣の来歴(プロヴェナンス)を調べるうえで重要な手がかりになります。

前250年頃になると、キュレナイカ・コイノンという都市連合の名でディドラクマが発行されるようになりました。この貨幣には、ゼウス・アンモンの頭像に加え「コイノン」の文字とシルフィウムの図柄が刻まれています。発行主体が単独の都市から複数都市の連合体へと移り変わった経緯を、この銘文から読み取ることができます。

シルフィウムが持っていた意味

シルフィウムは男性神アリスタイオスへの崇拝と結びついていた可能性が指摘されています。また、クレタ島のクノッソス遺跡から出土した粘土板に、シルフィウムに似た図像が描かれているという説もあるようです。

この植物がキュレネ経済を支える重要な交易品であったことが、図柄が長期にわたり貨幣の主題であり続けた理由の一つと考えられます。植物のモチーフは貨幣にとどまらず、2世紀頃の建築装飾でもシルフィウムを思わせる柱頭意匠が使われた例が知られています。

現存する貨幣と評価

キュレネのシルフィウム図柄の貨幣は、現在も複数の主要機関に収蔵されています。大英博物館には前435年から前375年頃の銀テトラドラクマがあり、ニューヨークのアメリカ貨幣協会にも、シルフィウム図柄を持つ金貨・銀貨が所蔵されています。

市場でも一定の取引実績が見られます。執筆時点の情報として、前308年から前277年のディドラクマのうち、エヌジーシーによるヴェリーファインの鑑定(グレーディング)を受けた個体が、オークションで500から600ドル台で取引された例が報告されています。前480年から前435年のテトラドラクマでも、状態の良い個体はこれより高値で落札される例があるようです。古代コインの評価は希少性や保存状態によって大きく変動し、将来の値上がりを保証するものではありません。購入を検討する際は、価格変動のリスクを踏まえたうえで、鑑定機関の評価や来歴の確認を行うことをおすすめします。

シルフィウムそのものはすでに絶滅していますが、その姿は貨幣という形で今日まで伝えられています。古代ギリシャの貨幣文化全体については、古代ギリシャコインの総合ガイドでより幅広く紹介していますので、あわせてご覧ください。

関連する総合ガイドを読む →

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

どのコインから始めればいいか迷っていませんか

予算別に、最初の1枚として現実的な選択肢をまとめています。

予算別スターターキットを見る

実際に購入を検討される方へ

当サイトの運営者は、アンティークコインを扱う店舗を運営しています。記事で解説した内容は、実際の売買を通じて得た知見にもとづくものです。

ご相談は LINEでも承っています

運営者情報はこちらをご覧ください。