ラリッサのドラクマ銀貨とは?馬とニンフの物語
| 英語名 | Larissa Drachm (Thessaly) |
|---|---|
| 発行地域 | ギリシャ(テッサリア) |
| 時代 | 前5世紀〜前4世紀(主要型は前400年頃〜前344/336年頃) |
| 素材 | 銀 |
この記事で分かること
- ラリッサ発行ドラクマ銀貨の基本情報(重量・直径・発行時期)
- 表裏に描かれたニンフ・ラリッサと馬のモチーフの意味
- タウロカタプシア(闘牛)図柄と神話上の背景
- テッサリアの歴史的変遷と貨幣鋳造の関係
- 現存する代表的な個体例とコレクションとしての注意点
Larissa Drachm (Thessaly)(American Numismatic Society (2011.21.546))
テッサリアの中心都市ラリッサ
ラリッサは古代ギリシャの一地方であるテッサリアに位置する都市で、農業が盛んな土地として知られていました。特に馬の名産地として名高く、その特徴は発行された貨幣の図柄にも色濃く反映されています。
神話の上ではラリッサは英雄アキレウス誕生の地ともされ、都市名の由来となったニンフ・ラリッサは、アルゴス王トリオパスの孫にあたるペラスゴスの娘とされています。こうした神話的背景が、貨幣の意匠にも影響を与えていると考えられます。
古代ギリシャ全体の貨幣文化については、古代ギリシャコインの入門ガイドでより広い視点から解説していますので、あわせてご覧ください。
通貨単位と貨幣の位置づけ
ラリッサで発行された銀貨の単位はドラクマです。当時の貨幣体系では、6オボルが1ドラクマ(約6.2グラム)に相当し、2ドラクマで1スタテル(約12.4グラム)となる換算が用いられていました。ラリッサのドラクマ銀貨は、この体系のなかで日常的な取引に使われる中核的な貨幣だったと考えられます。
前5世紀末になると、テッサリア地方はそれまでの連邦貨幣から、都市ごとの独自貨幣へと移行していきます。ラリッサもこの流れのなかで、独自の意匠を持つドラクマ銀貨を鋳造するようになりました。
表裏の図柄とその意味
ラリッサのドラクマ銀貨で最もよく見られる表と裏の組み合わせは、表にニンフ・ラリッサの頭部、裏に馬を配した構図です。馬は放牧される姿や、横たわろうとする直前の姿で描かれることが多く、テッサリアが馬産地として名高かったことを称える意味を持つとされています。
ニンフ・ラリッサの正面を向いた頭部像は、シラクサの彫刻家キモンが手がけたアレトゥーサ像に着想を得たとされています。ギリシャ世界における優れた彫刻表現が、遠く離れたテッサリアの貨幣意匠にも取り入れられていたことがうかがえます。
一部の個体には、彫刻家の名前とみられるΣIMOという文字が頭上に刻まれており、紀元前405年から前370年頃の作例に見られます。こうした署名は、当時の彫刻家が自らの作品に何らかの形で名を残そうとしたことを示すものと考えられています。
また、紀元前370年から前360年頃の一部のドラクマには、ラリッサ貴族の祖先とされる伝説的な王アレウアスの頭部が描かれる例も存在します。
馬のモチーフの変遷
馬をモチーフとした図柄は、ラリッサ貨幣の歴史のなかで長く受け継がれてきました。初期の作例としては、紀元前479年から前460年頃に、蝉を伴いながら放牧される馬を描いた分数銀貨(オボルなど)が確認されています。これに続く紀元前460年頃の作例では、馬の頭部のみを表現した簡素な図柄も見られ、この時期にはさまざまな表現が並行して用いられていたとされています。
その後、紀元前400年頃から前330年代にかけて、ドラクマ銀貨としては最大規模の発行が続いたとされ、この時期に馬の表現も多様化していきました。放牧される馬、横たわろうとする馬、跳ねる馬、若者が乗る馬など、さまざまな構図が確認されています。
たとえば紀元前400年から前344年頃の例では直径19ミリ、重量5.25グラムで馬が跳ねる図柄が、紀元前340年頃の例では表にニンフの正面顔、裏に若者が乗る馬が描かれています。
タウロカタプシア(闘牛)の図柄
ラリッサの貨幣で特に注目されるのが、紀元前450年から前420年頃に見られる、若者が跳躍する牡牛と格闘するタウロカタプシア(牛捕り)の図柄です。この行事は古代ギリシャ各地で行われていましたが、5世紀のラリッサ貨幣には特にこのモチーフが多く描かれました。
図柄に登場する若者はテッサロスとされ、その系譜については英雄イアソンの子とする説と、ハイモーンの子とする説の両方が伝えられています。紀元前460年から前450年頃の例では、直径21ミリ、重量5.83グラムの銀貨に、テッサロスが牡牛の角を掴む姿が描かれています。
代表的な個体例
ラリッサのドラクマ銀貨には、時代や工房によってさまざまなバリエーションが確認されています。
- 重量5.91グラム、直径16ミリ、ΣIMOの署名入り(紀元前405~370年頃)
- 重量6.16グラム、直径19ミリ、手綱付きの馬が横たわる直前の姿(紀元前405~370年頃)
- 直径19.5ミリ、重量6.08グラム、エウアイネトス風の様式でニンフを表現、ジョナサン・ロゼンコレクション旧蔵(紀元前380~370年頃)
- 直径19.5ミリ、重量5.68グラム、まっすぐな脚で放牧する馬、BCDコレクション旧蔵
- 直径21.6ミリ、重量6.07グラム、ホーマンコレクション旧蔵(紀元前350~325年頃)
- 直径19ミリ、重量6.05グラム、コーネル大学所蔵(紀元前360~350年頃)
こうした個体の来歴は、貨幣そのものの価値を判断するうえで重要な手がかりとなります。有名なコレクション由来の個体は、鑑定や取引の場でも参照されることが多いとされています。
歴史の転換点と鋳造の中断・再開
紀元前344年、マケドニアのフィリッポス2世による第二次侵攻を受け、テッサリア各地を統治していたテトラルキー(4分割統治)が廃止されました。これに伴い、テッサリア全域で銀貨の鋳造が一時中断したとされています。
その後、紀元前197年にローマの将軍フラミニヌスによる解放が行われると、ラリッサはテッサリア連邦貨幣の鋳造地として再び機能するようになりました。紀元前196年にはラリッサがローマの同盟都市となり、紀元前146年にテッサリア同盟が解体されるまで、この都市は同盟の中心地のひとつであり続けました。後代には重量7.5グラム、直径21ミリのテトラカルコン(青銅貨、紀元前200~100年頃)も発行されています。
コレクションとしての注意点
ラリッサのドラクマ銀貨は、馬とニンフという二つのモチーフを通じて、テッサリアの風土と神話を伝える貨幣として関心を集めています。ただし、古代コインの取引においては真贋や状態の見極めが重要であり、鑑定機関による評価や来歴の確認が欠かせません。
執筆時点でこうした古代銀貨は美術品・歴史資料としての側面が強く、価格は個体の状態や希少性によって大きく変動します。将来的な価値の上昇を保証するものではなく、購入を検討する際には信頼できる専門店やオークションハウスを通じ、慎重に判断することをおすすめします。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。
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