エリス オリンピア スタテル ゼウスと鷲の記念貨
| 英語名 | Elis, Olympia Stater (Zeus/Eagle type) |
|---|---|
| 発行地域 | 古代ギリシャ(ペロポネソス) |
| 時代 | 前5世紀〜前2世紀(主に前470年頃〜前191年) |
| 素材 | 銀 |
この記事で分かること
- エリスがオリンピア聖域で発行したスタテル貨の基本情報
- ゼウス神殿とヘラ神殿、二つの造幣所の歴史的経緯
- 表面のゼウス頭部と裏面の鷲に見られる図像の多様性
- フィディアス作ゼウス像との造形上のつながり
- 記念貨としての役割と、現存する研究・市場動向
Elis, Olympia Stater (Zeus/Eagle type)(American Numismatic Society (1967.152.343))
エリスとオリンピア聖域という発行の背景
古代ギリシャの都市国家エリス(Elis)は、聖域オリンピアの管理者として知られています。オリンピアは古代オリンピック競技祭の開催地であり、発行体はエリスですが、実際の鋳造作業は聖域内で行われていた点が特徴です。この地域の貨幣文化を広く知りたい方は、古代ギリシャコイン入門ガイドもあわせてご覧ください。
二つの造幣所とその歴史
オリンピアには、ゼウス神殿に付属する造幣所と、ヘラ神殿に付属する造幣所の二つが存在していました。ヘラ神殿は実際にはゼウス神殿より約100年古い建造物ですが、貨幣の発行順としてはゼウス系の貨幣が先行していたことが分かっています。ヘラ神殿系の造幣所は、前421年のニキアスの和約が結ばれた際に新たに設立されたと考えられています。
聖域の支配権は常に安定していたわけではありません。前365年にはアルカディア人が聖域を占拠し、一時的にピサの支配下に置かれるという出来事もありました。こうした政治的な変動は、貨幣発行の歴史そのものにも影響を及ぼしていたとみられます。なお、ヘラ系の造幣がいつ終了したかについては前323年頃とする見方もありますが、裏付けとなる資料は十分ではなく、はっきりしたことは分かっていません。
表面と裏面のデザイン ― ゼウスと鷲
エリスのオリンピア スタテルは、標準的な重量が約11.5グラムから12.1グラム、直径は約22ミリから26ミリ前後とされています。素材は銀(AR)が主体で、後期には銅貨も並行して発行されました。
表面(おもて面)の典型的なデザインは、月桂冠を被ったゼウスの頭部です。裏面の中心的なモチーフは、ゼウスの聖なる鳥とされる鷲です。銘文には「FA」(ΦΑΛΕΙΩΝ、「エリス人の」という意味)が刻まれており、発行主体を示しています。
なお、刻印を作った職人の署名とみられる「Da」という文字を持つ刻印が、前424年から前420年頃のものとして確認されています。当時の職人が自らの仕事に署名を残していたことがうかがえる手がかりです。
図像の多様なバリエーション
鷲のモチーフには実に多様な変種があります。鷲が蛇を掴む図像、鷲が兎を掴む図像のほか、前388年・第98回オリンピアードには鷲が羊を掴む図像の銀貨も発行されました。
中でも、前408年・第93回オリンピアードに発行されたとみられる鷲頭部型は、写実的な動物表現の名品との評価もあります。細部まで丁寧に彫り込まれた鷲の姿は、当時の彫刻技術の高さを物語っています。
このほか、前352年・第107回オリンピアードには鷲がイオニア式の柱頭に立つ図像が登場し、前468年から前460年頃・第78回から第80回オリンピアードには、鷲が蛇を掴み裏面にニケ(勝利の女神)が走る型も存在します。前271年から前191年頃にかけては、アポロン頭部と雷を投げるゼウス立像を組み合わせた型や、青銅貨も並行して鋳造されるようになりました。
ヘラ頭部型について
ヘラ神殿系の造幣所からは、ヘラの頭部を描いた型も発行されています。ヘラはステファノス(冠)を身につけ、三連の垂れ飾りが付いたイヤリングを着けた姿で表現されるのが特徴です。前336年・第111回オリンピアードには、ヘラの頭部と、岩の上で翼を広げた鷲を組み合わせた型も見られます。
フィディアスのゼウス像との関係
エリスのスタテルに描かれたゼウス頭部の造形は、彫刻家フィディアスが手がけた黄金象牙(パティナとは異なる技法で、金と象牙を組み合わせた彫像)のゼウス像を原型にしていると考えられています。このゼウス像は古代世界七不思議の一つに数えられる名高い作品でした。
像は前170年頃の地震で損傷し、その後修復されたと伝えられています。しかし最終的には、ゼウス神殿とともに西暦425年の大火で焼失したとされます。像そのものの実物は現存しておらず、その姿は主にこの貨幣の図像と、当時の文献記述をもとに推定されているのが実情です。
記念貨としての役割と両替制度
このスタテルは、単なる流通貨幣にとどまらず、記念品としての役割も果たしていたと考えられています。オリンピア競技祭に訪れた参拝者は、聖域内で外国の通貨をこの記念貨に両替する必要があったとされます。その際に徴収された手数料は、競技祭や神殿の維持費に充てられていたとする説がありますが、詳細な記録は限られています。信仰と経済活動が一体となった、聖域ならではの貨幣制度だったといえるでしょう。
研究史とコレクションでの評価
このシリーズの体系的な分類研究としては、チャールズ・セルトマンが1921年に発表した「オリンピアの神殿貨幣」が知られています。現在でもこの分類は、個々の型を識別する際の基準として参照されています。たとえば前352年・第107回オリンピアード銘で重量11.95グラム、直径23ミリの銀貨は、セルトマンの分類番号188として記録が残る個体です。
また、前268年から前252年・第128回から第132回オリンピアードにかけては、蛇を伴う型が現存しているとされますが、稀少性については確認が難しい部分もあります。こうした個体の来歴を追う上では、著名なギリシャコイン収集家であるBCDコレクション由来の個体が複数取引されている点も、コレクターの間でよく話題に上ります。
執筆時点の市場動向について
執筆時点で確認できる取引記録としては、まず2012年のオークションが挙げられます。前468年から前460年頃・第78回から第80回オリンピアードの型の一例が、66,000ドルで落札されました。
もう一件、2017年のオークションでは、前340年頃・第110回オリンピアードに発行されたとみられる銀貨が、約30,000ドルの評価額を得たと記録されています。
これらの数字はあくまで過去の落札事例であり、今後の価格動向を約束するものではありません。アンティークコインへの投資には価格変動などのリスクが伴うため、購入を検討される際は鑑定機関による評価や状態を十分に確認することをおすすめします。
まとめ
エリスのオリンピア スタテルは、ゼウスとヘラという二つの神殿を背景に、多様な図像を残した貨幣です。鷲の写実的な表現や、失われたゼウス像を伝える手がかりとしての価値は、古代ギリシャ貨幣を理解するうえで注目すべき点です。競技祭という特別な場で使われた記念貨としての側面も、この貨幣を読み解くうえで欠かせない視点といえるでしょう。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。
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