シラクサのテトラドラクマ|四頭立て戦車銀貨の魅力

英語名Syracuse Tetradrachm (Quadriga type)
発行地域古代ギリシャ
時代前510年頃〜前211年(最盛期は前5世紀〜前4世紀)
素材

この記事で分かること

Syracuse Tetradrachm (Quadriga type) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1967.152.541) / パブリックドメイン
Syracuse Tetradrachm (Quadriga type) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1967.152.541) / パブリックドメイン

Syracuse Tetradrachm (Quadriga type)(American Numismatic Society (1967.152.541))

シラクサという都市について

シラクサは、前734年頃にコリントス人によって建設されたギリシャの植民市です。シチリア島東岸に位置し、地中海世界において政治的にも文化的にも重要な役割を果たしました。この都市の歴史を語るうえで欠かせないのが、四頭立て戦車を描いた銀貨、テトラドラクマです。古代ギリシャのコインについて全体像を知りたい方は、古代ギリシャコインの入門ガイドもあわせてご覧ください。

テトラドラクマ誕生の背景

シラクサでは前510年から前500年頃にかけて、四頭立て戦車を描くテトラドラクマの発行が始まったとされます。これはシチリアにおける最も早期のテトラドラクマの一つとされる存在です。

その後、前485年に僭主となったゲロンは、四頭立て戦車競走で優勝したことを記念してコインを鋳造しました。ゲロンは前478年まで統治を続け、前480年にはヒメラの戦いでカルタゴに勝利しています。ゲロンの弟であるヒエロン1世は前478年から前466年にかけて統治し、詩人ピンダロスらをシラクサに招いたことでも知られています。

この時代のシラクサは、単なる軍事的成功だけでなく、文化的にも花開いていた都市だったといえるでしょう。テトラドラクマという銀貨の発行数の背景には、こうした政治的・文化的な出来事が深く関わっていたと考えられます。

デザインの魅力:アレトゥーサとクアドリガ

シラクサのテトラドラクマは銀製で、アッティカ標準と呼ばれる重量体系に基づいて鋳造されました。表面にはニンフであるアレトゥーサの頭部が描かれ、その周囲には4匹のイルカが配置されています。裏面には四頭立て戦車、すなわちクアドリガと、勝利の女神ニケが戦車の御者に冠を授ける場面が刻まれました。型によっては、御者としてペルセポネが描かれる例も存在します。

銘文にはギリシャ文字で「ΣΥΡΑΚΟΣΙΩΝ」(シラクサ人の、の意味)と刻まれており、このコインがシラクサの都市として発行したものであることを示しています。

大きさについては所蔵先によって差がありますが、ある資料では重量約17グラム、直径2.4センチから3センチ程度とされています。実例として、ボストン美術館所蔵のキモン銘のものは直径28ミリ、重量16.30グラム、フリギロス銘のものは直径26.5ミリ、重量16.42グラムと記録されています。アガトクレス期のものは直径26ミリ、重量17.14グラム、クアドリガ型は直径25ミリ、重量17.29グラムとされ、時代や工房によって微妙な違いが見られます。

名工キモンとエウアイネトスの仕事

シラクサのテトラドラクマを語るうえで欠かせないのが、彫刻家キモンとエウアイネトスという二人の原型師です。キモンは、正面を向いたアレトゥーサの頭部という大胆な構図で知られています。当時の多くのコインが横顔を描いていたことを考えると、正面向きの表現は非常に革新的な試みだったといえます。

一方、エウアイネトスが手がけた型は、カルタゴをはじめとする他都市にも模倣されたとされますが、この点については確定した資料が乏しく、断定はできません。仮にこれが事実であれば、シラクサの貨幣デザインが地中海世界に広く影響を与えたことになります。こうした原型師の署名や作風の違いは、コインの鑑定においても重要な手がかりとなります。

より大きなデカドラクマの登場

シラクサでは、テトラドラクマに続いてさらに大型のデカドラクマも発行されました。ディオニュシオス1世が前405年から前367年にかけて統治した時代のことです。このデカドラクマは、前405年のカルタゴ戦での勝利を記念して発行されたとする説が有力とされています。

デカドラクマは重量約42グラムから43グラム、直径33ミリから35ミリと、テトラドラクマの倍以上の大きさを誇ります。図柄はテトラドラクマと同様に、クアドリガとアレトゥーサの頭部が用いられました。このデカドラクマは、主にギリシャ人傭兵への支払いに用いられたとされています。

貨幣学者のG・K・ジェンキンスは、シラクサのデカドラクマを「最も有名な古代コインの一つ」と評したとされています。この評価の詳細な出典は明確ではありませんが、シラクサのデカドラクマが古代コインの中でも特に注目される存在であることは、後述するオークション事例からもうかがえます。

シラクサの歴史的な出来事

シラクサは前415年から前413年にかけて、アテネ軍による包囲を撃退したという歴史を持ちます。またディオニュシオス1世の治世下では、シチリア島の大部分と南イタリアの一部までを支配する勢力を築きました。

しかし前211年、ローマ軍を率いるマルケッルスによってシラクサは陥落し、ローマの属州となりました。この包囲戦の際、シラクサ出身の科学者アルキメデスが軍事兵器を考案したとされています。こうした歴史的背景を知ることで、テトラドラクマやデカドラクマが単なる貨幣ではなく、都市の栄枯盛衰を映す存在であったことが理解できます。

近年のオークション事例

シラクサのデカドラクマは、現代のオークション市場でも高値で取引される事例が見られます。2014年には、エウアイネトス様式のデカドラクマがヒュリテージオークションで340,750ドルで落札されました。2013年11月には、キモン銘のデカドラクマがスイスフラン400,000(約437,000ドル)で落札されています。

さらに2011年1月には、銘のないデカドラクマがハンマー価格260,000ドルで落札された記録もあります。比較的近年の例では、2023年にモートン&イーデン社のオークションでエウアイネトス銘のデカドラクマが英ポンド130,000で落札されました。

こうした事例からは、シラクサのデカドラクマが現代においても高い評価を受け続けていることがうかがえます。ただし、こうしたコインの取引には価格変動のリスクが伴い、将来の価値上昇を保証するものではありません。購入を検討される場合は、執筆時点の相場や来歴を含めた情報を十分に確認することが大切です。

まとめ

シラクサのテトラドラクマは、前510年頃から発行が始まり、ゲロンやヒエロン1世といった統治者のもとで発展を遂げました。アレトゥーサの頭部とクアドリガという印象的なデザインは、キモンやエウアイネトスといった名工の手によって磨き上げられました。

その後登場したデカドラクマは、テトラドラクマをさらに大型化したもので、カルタゴ戦の勝利を記念して発行されたとする説が有力です。現代のオークション市場でも高値で取引されており、古代ギリシャ貨幣の中でも特に注目される存在といえるでしょう。シラクサという都市の歴史とともに、これらのコインが持つ物語に触れてみてはいかがでしょうか。

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