アクラガスの鷲とカニ銀貨、ディドラクマの魅力

英語名Akragas Didrachm (Sicily) — Eagle and Crab type
発行地域古代ギリシャ(シチリア)
時代前510年頃〜前472年頃(アルカイック〜クラシック期)
素材

この記事で分かること

Akragas Didrachm (Sicily) — Eagle and Crab type の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1997.9.110) / パブリックドメイン
Akragas Didrachm (Sicily) — Eagle and Crab type の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1997.9.110) / パブリックドメイン

Akragas Didrachm (Sicily) — Eagle and Crab type(American Numismatic Society (1997.9.110))

アクラガスという都市について

アクラガスは、前580年頃にゲラからの入植者によって建設されたとされる都市です。シチリア島に位置し、やがてシラクサに次ぐ島内第二の都市へと成長しました。およそ200マイル離れたカルタゴへ農産物を輸出することで繁栄を築いたと伝えられています。

前6世紀には僭主ファラリスが都市を治めました。在位期間は前570年頃から前554年とされます。ファラリスは、青銅製の雄牛型処刑装置を作らせた逸話で知られる人物と伝えられています。その後、前488年からは僭主テロンが統治を始めます。テロンは前480年、シラクサの僭主ゲロンとともにカルタゴとの戦争に協力し、ヒメラの戦いで勝利を収めました。この戦勝を記念し、捕虜となったカルタゴ兵にゼウス神殿を建設させたと伝わっています。

ディドラクマ銀貨の誕生

アクラガスでの銀貨発行は前510年頃、早ければ前520年頃に始まったとされています。都市の建国そのものから見ると、およそ半世紀以上を経てからの貨幣鋳造となります。

この時期に登場したのがディドラクマ銀貨です。ディドラクマとは二ドラクマに相当する額面で、重量は約8.5グラムとされています。表面には立つ鷲が描かれ、周囲にはギリシャ文字で都市名が略記(AK-RA)、あるいは全綴り(AKRAΓ-ANTOΣ)で刻まれました。裏面にはカニの図柄が配され、これがやがてアクラガスという都市を象徴する意匠になったとされています。この鷲とカニの組み合わせによるディドラクマは、約40年間にわたって発行され続けました。

カニの図柄が示すもの

裏面に描かれたカニは、種としてはポタモン・フルヴィアティレであると同定されているとされます。南欧に生息する食用の淡水ガニです。海の生き物であるカニと、空を象徴する鷲を組み合わせた構図は、陸と海の両方を治める都市の姿を表現したものとされています。前420年頃までの図柄では、鷲もカニも静止した姿で描かれていました。

なお、貨幣の図柄や意匠は都市ごとに個性豊かで、古代ギリシャ世界全体の貨幣文化を俯瞰したい方は古代ギリシャコインの入門ガイドもあわせてご覧ください。

額面と図柄の変遷

前472年頃を境に、アクラガスの主要額面はディドラクマからテトラドラクマへと交代したとされています。テトラドラクマはアッティカ標準で17.2グラムの重量を持ち、前470年頃に導入されたとされています。

さらに前420年頃になると、分数額面であるヘミドラクマの図柄が変更され、野兎をつかむ鷲という、より動きのある意匠が採用されました。静止した構図から動的な表現への転換がうかがえます。

現存する古銭の具体例

アクラガスのディドラクマは、複数のコレクションやオークションを通じて現在も確認できます。

Baldwin’s社が所蔵していた一例は、前500年から前480年の発行とされ、逆字でAA-KRと刻まれ、閉じた翼を持つ鷲が右を向いた構図です。裏面は円形の凹み(インキューズ)の中にカニが配されています。この個体の伝来は、George Mihailukコレクションを経たもので、1960年代にHarry Larkinという人物から購入されたと記録されています。

資料サイトのWildWindsに掲載された例では、前500年から前450年の発行とされ、重量8.49グラム、直径20.01ミリメートルという数値が示されています。同資料の別個体は前480年から前450年のもので、直径20.42ミリメートル、重量8.46グラムです。

このほか、Tiara掲載例は前495年から前478年の発行とされ、直径19ミリメートル、重量8.07グラムで、状態は極美品(VF)相当のトーン(古銭表面の色調変化)を伴うとされています。VCoins掲載例は前495年から前482年の発行、直径19ミリメートル、重量8.20グラムです。eBayに掲載された前510年から前472年頃とされる一例は、重量8.48グラムとされています。Worthpoint掲載例は直径17.6ミリメートル、重量7.66グラムと、やや小ぶりな数値が記録されています。

こうした重量や直径の微妙なばらつきは、古代貨幣が手作業で鋳造されていたことに由来すると考えられます。発行時期や状態を見極める際には、鋳造数や保存状態を示すグレーディングの情報も参考になります。

希少なデカドラクマと緊急鋳造の金貨

アクラガスの銀貨の中でも、デカドラクマは極めて希少とされています。現存するのはわずか12例とされ、そのうち6例は博物館に所蔵されているとのことです。著名なハント・コレクション旧蔵のデカドラクマは、1990年の売却時に当時のギリシャコイン記録価格とされる57万2000ドルで落札されたと伝えられています。また、テトラドラクマ型の別のアクラガス古貨で、同じくハント・コレクション旧蔵とされる品は、2012年にスイスで開催されたオークションで約250万ドルの入札を集めたと伝えられています。

一方で、前406年にはカルタゴ軍による包囲を受け、アクラガスは陥落しました。シラクサとの対立が続く中でも中立を保っていた都市でしたが、この包囲戦により終焉を迎えたとされています。この危機的状況下では、神々への黄金の奉納物を溶かして緊急鋳造の金貨が作られ、傭兵への支払いに充てられたとされています。この金貨には、当時の役人であったシラノスの名が刻まれているとされ、都市が存続の危機に直面した際の緊急措置を示す資料として位置づけられています。

コレクションとしての価値

現在のコレクター市場では、摩耗の進んだ状態のディドラクマは200ドル程度で取引されているとされます。一方で、保存状態の良い極美品は、近年のオークションで最高6700ドルで落札された例があるとされています。ただし、こうした価格はあくまで過去の取引事例であり、執筆時点の相場を保証するものではありません。古代貨幣への投資には、真贋や保存状態の見極めが難しいというリスクが伴う点にも留意が必要です。

なお、古銭を評価する際には、表面と裏面を指す表面・裏面の用語や、長年の間に生じる自然な色合いの変化を示すパティナといった知識も役立ちます。

おわりに

現在、アクラガスの遺跡群である「バレー・オブ・テンプル」は世界遺産に登録され、人気の観光地となっています。鷲とカニを刻んだディドラクマ銀貨は、こうした都市の歴史を裏付ける資料の一つとして、現在もコレクターや研究者の間で扱われています。

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