アスペンドスのスタテル銀貨、相撲図とスリンガーの謎

英語名Aspendos Stater (Wrestlers and Slinger type)
発行地域古代ギリシャ
時代前420年頃〜前300/250年頃(一部前5世紀中頃〜)
素材

この記事で分かること

Aspendos Stater (Wrestlers and Slinger type) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1968.57.128) / パブリックドメイン
Aspendos Stater (Wrestlers and Slinger type) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1968.57.128) / パブリックドメイン

Aspendos Stater (Wrestlers and Slinger type)(American Numismatic Society (1968.57.128))

アスペンドスという都市とコインの基本情報

アスペンドスは、現在のトルコ・アンタルヤ県にあたるパンフィリア地方に位置した古代都市です。エウリュメドン川沿いにあり、海岸から約16キロメートル内陸に入った場所に築かれました。アルゴスの植民市とされ、古代ギリシア世界とのつながりを持つ都市でした。

この都市が発行した銀貨(古代ギリシアの硬貨に用いられた素材の一つ)がスタテルです。典型的な重量は約10.4〜11.1グラムで個体差があり、直径は約19〜23ミリメートルほどです。発行開始は前420年頃とされ、標準的な図像のタイプが終息するのは前300〜250年頃と、長期にわたって鋳造が続けられました。硬貨の表面と裏面には、それぞれ異なる場面が刻まれています。

表面には、裸の男性2人が組み合うレスリングの場面が描かれています。裏面には、スリング(投石具)を構える戦士、いわゆるスリンガーの姿があり、多くの個体でトリスケレス(三脚巴文)が添えられています。都市名はギリシャ文字でΕΣΤΦΕΔΙΙΥΣと刻まれており、これは現地の方言でエストヴェディスと読まれたと考えられています。

アスペンドスにおける鋳造の開始自体は、前5世紀中頃、ペルシアの支配下にあった時代のこととされています。最古期にあたる前465〜430年頃には、槍と盾を持つ裸の戦士像を描いたタイプも存在しており、レスリング図像はその後に登場したデザインということになります。

100種を超える図像バリエーション

レスリングを描いた図像は、単一のデザインが繰り返し使われたわけではありません。表裏には、ΔA、ΠΟ、LΦといった文字や記号を伴う複数のバリエーションが確認されており、研究者オウズ・テキンは2000年の研究で、レスリングの姿勢だけでも16種以上を確認したと報告しています。

肩や首、手首、腰、脚といった体の各部位の組み方によって、多様なレスリングの構図が表現されました。時代が下るにつれて図像表現にも変化が見られ、片脚を絡めるような動きのある構図も登場したとされています。このような細かな図像の違いは、コインの鋳造年代を推定する手がかりの一つとなっています。

このレスリング図像は非常に評判が良かったらしく、隣接するピシディア地方のセルゲ市が類似したデザインを模倣し、独自のスタテルを発行したことも分かっています。アスペンドスのデザインが周辺地域に与えた影響の大きさがうかがえます。

ペルシアからアレクサンドロスの時代へ

アスペンドスは前5世紀、ペルシア艦隊の重要な海軍基地として機能していたとされています。交易面では、塩・オリーブ油・羊毛が中心だったと考えられていますが、資料によっては塩のみが記載されているものもあり、この点については確定的な記述ではないようです。

前402年には、アスペンドスで競技祭が創設されたと伝えられており、これは以前からあった祭礼を復興したものだという説もあります。レスリングを描いたコインが長期間にわたって発行され続けた背景には、こうした競技や祭礼の文化が関係していた可能性があります。

前333年、アスペンドスはアレクサンドロス大王によって征服されました。征服後、都市は金100タラントと馬4000頭という重い貢納を課されたとされています。これほどの負担を求められたことは、当時のアスペンドスが相応の経済力を持つ都市であったことを示していると言えるでしょう。

なお、ローマ時代に入ってからは、アスペンドス港へ大型船を通すための高いアーチ橋が建設されており、この都市が交通・交易の要衝であり続けたことがうかがえます。

東ネクロポリスでの発見報道

アスペンドスの東ネクロポリス(墓地遺跡)において、前475〜300年頃のものとされる石棺墓が発見されたと報じられています。この報道によれば、墓の遺骸のそばから、レスリング図像を描いたスタテル銀貨が複数枚出土したとされています。

トルコ文化観光相は、この人物がレスラーであった可能性を示唆したと伝えられています。しかし、歴史学者サラ・ボンド氏は、コインだけでは職業を特定することは難しいと指摘しています。同型のレスリングスタテルは一般市民にも広く流通しており、コインを所有していたこと自体が、その人物の職業を証明するものにはならないという見方です。

この慎重な視点は、古代コインを扱ううえで重要な考え方です。図像や出土状況からロマンを感じ取ることはできますが、断定的な結論を急がないことが、歴史資料としてコインを扱う際の基本姿勢と言えます。こうした出土背景の情報は、コインの来歴を考えるうえでも参考になります。

埋蔵貨幣の発見例とコレクター市場

アスペンドスのレスリングスタテルは、単独での出土だけでなく、埋蔵貨幣としてまとまって発見された例もあります。過去には450枚のレスリングスタテルを含む埋蔵貨幣が発見されたことがあり、また2009年に調査された別の埋蔵貨幣では270枚が確認されています。これほど多くの枚数がまとまって見つかっていることも、このシリーズが100年以上という長期間、継続的に発行されていたことを裏付けています。

裏面のスリンガー図については、大英博物館の1888年のカタログが「アスペンドスの兵役の象徴」と解説したと伝えられています。レスリングとスリング、それぞれ異なる場面を組み合わせた図像構成には、都市の文化や軍事的性格が反映されていたのかもしれません。

コレクター市場においても、アスペンドスのレスリングスタテルは取引の対象となっています。オークション会社であるCNGの競売では、美品(Superb EF、非常に良好な状態を示す等級)とされる同型のコインが取引された例があり、参考となる落札価格は数千ドル規模とされています。古代コインの状態評価には、グレーディングと呼ばれる鑑定の枠組みが用いられ、NGCのような第三者鑑定機関による評価も市場で参考にされています。

なお、古代コインへの関心が高まる中で購入を検討する場合、価格の変動や真贋の判断にはリスクが伴います。執筆時点での取引例はあくまで参考情報であり、将来の価値を保証するものではない点にご留意ください。

まとめ

アスペンドスのレスリングスタテルは、単なる装飾的な図像を超えて、都市の競技文化や軍事的背景、そして周辺都市への影響力までを伝える資料です。100種を超えるとされる図像バリエーションは、長期間続いた鋳造の歴史を反映しています。東ネクロポリスの発見報道は話題を呼びましたが、コインの解釈には慎重さが求められることも忘れてはなりません。古代ギリシアコイン全体の背景については、古代ギリシアコインの基礎知識もあわせてご覧ください。

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