フィリッポス5世のテトラドラクマ銀貨を解説
| 英語名 | Tetradrachm of Philip V of Macedon |
|---|---|
| 発行地域 | 古代ギリシャ |
| 時代 | 前221年〜前179年(在位期間)、主要発行は前220年頃〜前179年 |
| 素材 | 銀 |
この記事で分かること
- フィリッポス5世という人物とマケドニア王国での立場
- 盾中央にペルセウス頭部を配したテトラドラクマ銀貨のデザイン
- 肖像型と呼ばれるもうひとつの銀貨タイプとの違い
- 現存する個体の重量・直径のばらつきや研究上の分類
- コレクションとして向き合う際に押さえておきたい留保点
Tetradrachm of Philip V of Macedon(American Numismatic Society (1968.57.7))
フィリッポス5世とは何者か
フィリッポス5世は、前221年から前179年までマケドニア王として君臨した人物です。前238年にペラで生まれ、前179年にアンフィポリスで没しました。父はデメトリオス2世で、わずか9歳のときに父を失っています。幼少であったため、従兄にあたるアンティゴノス3世が摂政として国政を支えました。
こうした経緯を経て王位に就いたフィリッポス5世は、マケドニア王国の古代ギリシア世界における歴史のなかでも、ローマとの対立が本格化する時代を生きた王として知られています。マケドニアを含む古代ギリシアの貨幣全般については、古代ギリシアコインの入門ガイドでも扱っていますので、あわせてご覧ください。
テトラドラクマ銀貨のデザイン——盾とペルセウスの頭部
フィリッポス5世の時代を代表する銀貨が、テトラドラクマ(4ドラクマ相当の銀貨)です。主要なデザインは、マケドニアの盾を中央に配し、その中に英雄ペルセウスの頭部を描くというものです。
ペルセウスは有翼のヘルメットを身につけ、その頭上にはグリフィンの頭を冠飾として載せています。さらに肩には「ハルパ」と呼ばれる特殊な形状の剣が添えられています。盾の周囲には八芒星が7個配置され、二重の弧の内側に収められている点も特徴です。
表面と裏面という言葉があるように、コインは通常この二面で構成されますが、このテトラドラクマの表面(盾とペルセウス)は非常に装飾性の高い構成になっている点が目を引きます。
裏面のヘラクレスの棍棒と銘文
裏面にはヘラクレスの棍棒が描かれ、その周囲をオークの花輪が取り囲んでいます。銘文には「バシレオス・フィリッポウ」、すなわち「王フィリッポスの」という意味の言葉が刻まれています。
多くの個体では、表裏のフィールド(図柄の余白部分)にモノグラムが刻印されています。これは当時の造幣所刻印の一種とも関連づけて考えられる要素で、どの造幣所でいつ鋳造されたかを推定する手がかりになります。造幣地としては、ペラとアンフィポリスという2つの主要な造幣所が知られています。
もうひとつの型——肖像型テトラドラクマ
フィリッポス5世のテトラドラクマには、盾とペルセウスのデザイン以外に、肖像型と呼ばれるタイプも存在します。こちらは表面にディアデム(王権を示す鉢巻き状の飾り)を付けたフィリッポス5世自身の頭部を描いています。
裏面はアテナ・アルキデモス立像で、雷霆(雷を象った武器)を携えた姿で表現されています。同じ王が発行した銀貨でありながら、盾型と肖像型とでは図柄の性格がかなり異なっており、当時の貨幣デザインの幅広さがうかがえます。
盾デザインの系譜——先代・後継との比較
マケドニアの盾を用いた銀貨は、大きく4つの系列に分類されるとされます。フィリッポス5世以前の王であるアンティゴノス2世ゴナタスは、盾の中央にパン神を配置したデザインを採用していました。
フィリッポス5世の没後には、盾の中央にアルテミスの胸像を用いた型も新たに登場しています。また、息子であるペルセウス王(前179年から前168年)も、父の代からの盾を用いたデザインを引き継いで発行を続けました。なお、フィリッポス5世の治世には、テトラドラクマのほかに、盾とヘルメットを組み合わせたテトロボル銀貨(4オボロス相当)も発行されていたことが分かっています。
現存する個体紹介
実際に伝わる個体を見ると、重量や直径にはある程度の幅があります。たとえば、ペラ造幣とされ前202年から前200年頃の年代が付されたある個体は、直径28ミリ、重量17.11グラムです。別の収蔵品では直径34ミリ、重量16.90グラムという記録が残ります。
前188年から前184年頃とされる個体は重量16.45グラム、直径32.30ミリと伝わります。造幣期を前220年から前179年という幅広い時期とする個体では重量16.94グラム、また肖像型の個体で直径32ミリ、重量16.9グラムという記録もあります。
これらの数値のばらつきは、鋳造時期や造幣所の違い、また鑑定における計測誤差や摩耗の程度によっても生じ得るものです。銀貨自体はアッティカ標準と呼ばれる重量規格に基づいて鋳造されていたとされますが、長い年月を経た現存品では、当初の規格通りの重量を保っていない例も少なくありません。
造幣地・分類・研究史
フィリッポス5世のテトラドラクマは、ブレール、レナック、AMNGIII(マケドニア古代貨幣に関する大部の目録)といったカタログの番号によって型分類がなされてきました。こうした分類研究の先駆けとして、アルフレート・マムロートによる1930年の研究「フィリッポス5世銀貨」が、貨幣学の専門誌ツァイトシュリフト・フュア・ヌミスマティーク(ZfN)に掲載されています。
なお、通常型で無銘のテトラドラクマの一部は、かつてフィリッポス6世アンドリスコス(僭称王とされる人物)の発行と誤って帰属されていたとされます。こうした帰属の見直しは、古代貨幣研究において珍しいことではなく、型式や刻印の比較検討を通じて修正が重ねられてきた分野です。
ローマとの戦い、王の晩年
フィリッポス5世の治世は、ローマとの戦争によって大きく揺さぶられました。前212年から前205年にかけての第1次マケドニア戦争、続く前200年から前196年の第2次マケドニア戦争でローマと交戦しています。
前197年のキノスケファライの戦いで敗北を喫し、以後マケドニアの影響力は低下しました。もっとも、その後はローマと同盟を結び、アンティオコス3世との戦い、いわゆるローマ・セレウコス戦争ではローマ側に立って戦っています。こうした激動の時代背景のなかで鋳造されたのが、今回紹介したテトラドラクマ銀貨だといえます。
コレクションとしての注意点
フィリッポス5世のテトラドラクマは、CNGやトライトンなど大手オークションで取引された実績があるとされ、来歴、すなわちプロヴェナンスが明らかな個体も一定数存在するようです。ただし、古代貨幣は個体差が大きく、型式の帰属や年代についても研究段階で見直しが生じる分野です。
なお、こうした古代貨幣を投資対象として捉える見方もありますが、価格は市場動向や個体の状態によって変動するものであり、将来的な値上がりを保証するものではありません。購入や収集を検討する際は、執筆時点の情報であることを踏まえたうえで、来歴や型式の裏付けを十分に確認することをおすすめします。
まとめ
フィリッポス5世のテトラドラクマは、マケドニアの盾とペルセウスの頭部という力強い意匠に加え、肖像型という別系統のデザインも持つ興味深い銀貨です。先代・後継の王たちの盾デザインと比較しながら眺めると、マケドニア王国の貨幣史の連続性と変化がより深く見えてきます。
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