孫文船洋(帆船ドル)とは?三鳥銀の謎を解説
| 英語名 | Sun Yat-sen Junk Dollar (船洋) |
|---|---|
| 発行地域 | 中国(中華民国) |
| 時代 | 1932年(民国21年)〜1934年(民国23年)、1949年に米国で再鋳 |
| 素材 | 銀 |
この記事で分かること
- 「船洋」とは何を指すコインなのか、基本的な仕様
- 「三鳥銀」と呼ばれる希少版が生まれた経緯
- 図案変更後の主力流通版と1949年の米国造幣局による再鋳造
- 発行前に行われた5カ国への試鋳貨制作依頼の内容
Sun Yat-sen Junk Dollar (船洋)(American Numismatic Society (1974.229.1))
船洋とは何か
「船洋」は、中華民国が発行した標準銀貨の通称です。英語では「ジャンク・ダラー」とも呼ばれます。裏面に描かれた双檣帆船(マストが2本ある帆船、いわゆるジャンク船)に由来する呼び名です。初鋳は1932年(民国21年)、発行元は上海中央造幣廠でした。
この銀貨は、中国銀貨の歴史の中でも重要な位置を占める一枚です。中国銀貨全体の流れを知りたい方は、中国銀貨ガイドもあわせてご覧ください。
表裏のデザインと基本スペック
表面には孫文の横顔像が描かれ、上部に「中華民国○年」という紀年(発行年を示す表記)が刻まれています。裏面は双檣帆船と「壹圓」の文字が特徴です。表面と裏面の図案は、この銀貨が孫文を記念する意味合いを持つことを示しています。
直径は約39ミリメートル(3.94センチメートルとする説もあります)、重量は26.6971グラムから26.7グラム程度とされます。銀含有率は88パーセント(成色八八)で、品位としては純銀に換算して約23.49グラムに相当します。残りは銅などの合金で、約2.5パーセントとその他の成分で構成されています。銀含有量をトロイオンス換算すると1枚あたり約0.755トロイオンスになります。縁には均等な溝を刻んだ、いわゆるリード式の加工が施されています。この加工方式はエッジレタリングの項目で紹介している縁の加工の一種にあたります。
1933年3月8日には「銀本位幣鋳造条例」が公布され、同月には旧型の「中山開国紀念幣」型のデザインでも発行が行われました。1935年までの累計鋳造数は、船洋を含む銀元全体で13億枚を超えるとされています。
三鳥銀と満洲事変を巡る物議
民国21年版の船洋には、帆船の上に3羽の海鳥と旭日の図案が描かれていました。この意匠から「三鳥銀」という通称で呼ばれています。国運の高まりや順風満帆、旭日東昇(朝日が昇る様子)を象徴するデザインとされていました。
しかし、この銀貨が発行されたのは1931年9月18日の満洲事変直後という時期でした。そのため、図案が政治的な意味を帯びていると解釈され、物議を醸したと伝えられています。旭日が日本を、3羽の鳥が満洲三省の離脱を暗示しているという見方が広まったとされています。
こうした批判を受け、政府は民国21年版を回収して溶解し、流通量を制限したとされています。民国21年版の総鋳造量は約226万枚とされる資料がありますが、実際に市場へ流通した数量は5万枚に満たなかったとも言われています。このため、鳥と旭日の図案が入った民国21年版は現存数が少なく、収集家の間では希少性が高いとされる一方、図案が変更された後の版は比較的入手しやすいとされています。なお、こうした希少性にまつわる評価や価格の傾向は執筆時点のものであり、将来の評価を保証するものではありません。
図案変更後の主力流通版
物議を受けて、民国22年(1933年)版では鳥と旭日の図案が削除されました。以降、民国22年版と民国23年版(1934年)が船洋の主力流通版として広く用いられることになります。民国23年版は、正面の紀年表記以外は民国22年版とほぼ同一の意匠とされています。
民国23年版の総発行量は約1億2874万枚とする資料があり、民国21年版とは対照的に、非常に多くの数量が市場に供給されたことがうかがえます。カタログ上では、船洋はイエオマン番号でY#345、また林・馬(L&M)番号で109・110、カン(Kann)番号で623・624といった形で整理されています。
米国造幣局による1949年の再鋳造
興味深い出来事として、米国造幣局が1949年に民国23年銘で船洋の再鋳造を行ったことが挙げられます。この再鋳造は複数の造幣局で分担して行われました。フィラデルフィア造幣局で約2025万枚、サンフランシスコ造幣局で約320万枚、デンバー造幣局で約655万枚が製造されたとされています。オリジナルの発行から15年ほど経過した時期に、海外の造幣局によって同じ年号のコインが追加製造されたという点は、船洋というコインの歴史の複雑さを物語っています。
5カ国への試鋳貨制作依頼
船洋の正式なデザインが確定する前段階として、1929年に財政部はオーストリア・英国・米国・日本・イタリアの5カ国の造幣局に対し、試鋳貨の制作を依頼しています。各国がそれぞれ独自の意匠案を提出したと考えられます。
このうちイタリア案の意匠は、彫刻家アッティリオ・モッティによって制作されました。モッティ案の一部には、ローマ造幣局の刻印である「A.MOTTI.INC」が入っているものが確認されています。また、米国が制作した1929年銘の試鋳貨には、裏面の波の部分に「R」という暗号のような刻印が入っているものがあるとされています。
これらの試鋳貨は、後に杭州造幣廠で再鋳され、現存数が比較的多いとされています。試鋳段階から複数の国が関わっていたという経緯は、船洋のデザインが単なる国内事情だけでなく、国際的な技術交流の中で練り上げられたことを示しています。
船洋の歴史的役割とまとめ
船洋は、袁大頭(袁世凱の肖像を用いた銀貨)や小頭(開国紀念幣)とともに、それまで流通していた龍洋などの旧型銀貨を市場から駆逐していく役割を果たしました。しかし、その流通期間は長くは続きませんでした。1935年11月3日に法幣政策(紙幣を法定通貨とする政策)が実施されたことにより、銀元の流通そのものが終息へと向かったためです。
船洋は、孫文の肖像とジャンク船という象徴的な図案に加え、三鳥銀を巡る政治的な逸話、そして米国造幣局による再鋳造という異例の経緯を持つ銀貨です。収集の際には、民国21年版か22年版・23年版かという版の違いが評価に大きく関わる点を押さえておくとよいでしょう。
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