ナクソスのテトラドラクマ|人面と葡萄の古代銀貨

英語名Naxos Tetradrachm (Sicily)
発行地域古代ギリシャ(シチリア)
時代前530年頃〜前403年頃(都市滅亡まで、テトラドラクマは主に前461-430年、前415年頃に集中)
素材

この記事で分かること

Naxos Tetradrachm (Sicily) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1997.9.87) / パブリックドメイン
Naxos Tetradrachm (Sicily) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1997.9.87) / パブリックドメイン

Naxos Tetradrachm (Sicily)(American Numismatic Society (1997.9.87))

シチリア最古の植民市、ナクソス

ナクソスは、シチリア島に築かれたギリシャ植民市のなかでも最古とされる都市です。建国は紀元前735年頃と伝わり、エウボイア島カルキス出身とイオニア出身の植民者たちによって築かれたとされています。歴史家トゥキュディデスも著作の中でナクソスの起源に触れており、古代からその成立が注目されていたことがうかがえます。

この地の人々は活発に植民活動を行い、紀元前730年にはレオンティノイを、続いてカタネを植民したと記録されています。都市が勢力を広げるなかで、ナクソスは紀元前530年頃から独自の銀貨を発行するようになったとされています。ギリシャ世界全体の貨幣文化については、古代ギリシャコインの基礎知識でも詳しく紹介しています。

ディオニュソスとシレノス、表裏の意匠

ナクソスのテトラドラクマ銀貨は、表面と裏面の構成に明確な特徴があります。表にはワインの神ディオニュソスの頭部、裏には座った姿のシレノスが描かれるのが標準的な構成です。

先に触れた紀元前530年から490年頃に発行されたドラクマやトライトと呼ばれる小額銀貨では、裏面に葡萄房の意匠が用いられていました。ワインの神を祀る都市らしく、葡萄という植物モチーフが早い段階から貨幣に取り入れられていたことが分かります。

裏面のシレノスの描写にも注目すべき点があります。一般的にシレノスは山羊のような姿で表現されることがありますが、ナクソスの銀貨では尖った耳と長い尾という馬の特徴を持つ姿で描かれています。この描き分けは、ナクソス貨幣の様式を見分けるうえで手がかりの一つとなります。

銘文は縁に沿って「N-AXI-ON(ナクシオン)」と刻まれており、発行都市を示す表記として一貫して用いられました。

名工「アイトナ・マスター」の仕事

ナクソスのテトラドラクマのなかでも特に評価が高いのが、「アイトナ・マスター」と呼ばれる彫刻家による作品群です。この彫刻家は「ブリュッセル・マスター」という別名でも知られています。

アイトナ・マスターの作品を見分ける特徴として、ディオニュソスの髭が点列縁(コインの縁を囲む点の連なり)を破るように彫られている点が挙げられます。この細部の処理は、他の彫刻家の作品とは一線を画す完成度を示すものとされています。

アイトナ・マスターによる唯一とされるテトラドラクマは、ベルギー王立図書館に所蔵されています。また、この彫刻家の作品を扱った研究書として、ティム・ライト氏による著作「トラベルズ・ウィズ・ザ・ナクソス・マスターピース」(「ナクソスの傑作をめぐる旅」の意、2025年、スピンク刊)がナミスタに紹介されています。

重量と規格に見る職人技

ナクソスのテトラドラクマは、当時広く用いられたアッティカ標準(重量規格の一種)に準拠しており、標準的な重量は約17.2グラムとされています。

たとえば、クリスチャン・N・ゴンター社(CNG)が出品した紀元前430年から420年頃のテトラドラクマは17.16グラム、モートン・アンド・エデン社が扱った紀元前460年頃のものは17.44グラムでした。ほかにも17.15グラムや17.25グラム、17.32グラムといった例が知られており、いずれも標準重量に近い水準を保っています。

一方で、ボストン美術館が収蔵する一例は直径27ミリ、重量17.07グラムと記録されています。より小型の額面であるドラクマでは直径19ミリ、重量4.16グラムの例が、さらに最古期のリトラ銀貨では直径11ミリ、重量0.85グラムという非常に小さな例も知られています。これらの小額銀貨の存在は、当時の貨幣制度が幅広い額面をカバーしていたことを示しています。

こうした銀貨の状態を評価する際には、摩耗の少なさや打刻の鮮明さを示すグレーディングの考え方が用いられます。取引記録のなかには、グレーディングで「エクストリームリー・ファイン」(非常に良好な状態を示す評価区分)を得た例も見られます。

ヒエロンによる強制移住から滅亡まで

ナクソスの歴史には政治的な激動もありました。紀元前476年、シラクサの僭主ヒエロンがナクソスの住民をレオンティノイへ強制的に移住させたとされています。この措置により、都市としての活動は一時中断を余儀なくされたと考えられます。

しかし僭主政が崩壊した後、紀元前461年にナクソスの住民は故地へ帰還しました。都市の再建とともに貨幣発行も続けられたとみられ、紀元前415年のシチリア遠征では、ナクソスがアテナイ側を支援したとされています。この時期に発行されたテトラドラクマも、現存する取引例として確認されています。

その後、ナクソスは紀元前403年に滅亡したとされています。本記事で扱うテトラドラクマをはじめとする銀貨は、紀元前530年頃の発行開始から、この滅亡とされる紀元前403年までの間に作られたとみられます。

オークション市場での評価事例

執筆時点で確認できる情報として、ナクソスのテトラドラクマは国際的なオークションで高値を付けた実績があります。ただし、過去の落札価格は将来の価値を保証するものではなく、コイン収集や投資には価格変動のリスクが伴う点に留意が必要です。

2022年5月30日のNAC第132回オークションでは、紀元前415年頃のテトラドラクマ(17.31グラム)が30万スイスフラン(米ドル換算でおよそ31万3545ドル相当)で落札されました。コインワールド誌の報告によれば、同じく紀元前415年頃の16.94グラムの一例は55,575ドルで落札されています。

さらに希少性の高い例として、紀元前410年から405年頃のテトラドラクマ(16.75グラム)は既知4例のみとされ、発行枚数の少なさを反映してか117,000ドルで落札されました。

最も高額な取引としては、2012年1月4日にニューヨークで行われたプロスペロコレクションのセールで、あるテトラドラクマが994,500ドルで落札されています。これは銀貨のギリシャコインとしては史上最高額の記録とされています。また同年4月23日にはロンドンのオークションで、アイトナ・マスター作とされるテトラドラクマが38万4000ポンド(米ドル換算でおよそ60万3120ドル)で落札され、事前の推定価格を92パーセント以上上回りました。

取引例のなかには、1907年まで所有者の記録をたどれる来歴を持つものもあり、こうした情報の蓄積が評価に影響を与える場合があります。

まとめ

ナクソスの銀貨は、紀元前530年頃に発行が始まり、都市が滅亡したとされる前403年頃まで作り続けられました。ディオニュソスとシレノスを組み合わせた意匠は、ワインの神を奉じるこの都市らしい選択だったといえます。アイトナ・マスターのような彫刻家の存在や、アッティカ標準に沿った重量管理からは、鋳造技術の高さがうかがえます。ヒエロンによる強制移住という政治的な断絶を挟みながらも発行が続いた経緯を知ると、一枚の銀貨に刻まれた情報の厚みをより深く読み取れるはずです。

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