ロードス島ディドラクマ銀貨の魅力とヘリオス伝説

英語名Rhodian Didrachm (Helios / Rose)
発行地域古代ギリシャ
時代前408/407年〜前1世紀(プリントフォロス期は前190〜前84年)
素材

この記事で分かること

Rhodian Didrachm (Helios / Rose) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1909.999.110) / パブリックドメイン
Rhodian Didrachm (Helios / Rose) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1909.999.110) / パブリックドメイン

Rhodian Didrachm (Helios / Rose)(American Numismatic Society (1909.999.110))

ロードス島の建国と造幣の始まり

ロードス島の造幣は、前408年から前407年頃に始まったとされています。この時期、島内にあったイアリュソス・カメイロス・リンドスという3つの都市が統合され、新たな都市国家ロードスが建設されました。この都市統合はシノイキスモス(合同)と呼ばれる出来事です。

新都市の守護神として採用されたのが太陽神ヘリオスでした。ロードスの人々にとってヘリオスは最高神であったとされ、その信仰の深さは考古学的な証拠からも裏付けられています。神話ではヘリオスが洪水から島を救い、ニンフであるロドスにちなんで島の名が付けられたと伝えられています。この伝承はシケリアのディオドロスの記述に基づくものです。

こうした建国の物語と信仰を背景に、ロードスの銀貨には初めからヘリオスの姿が刻まれることになりました。古代ギリシアの貨幣文化全体を俯瞰したい方は、古代ギリシアコインの入門ガイドもあわせてご覧ください。

表裏のデザインに込められた意味

ロードスの銀貨は、表面と裏面にそれぞれ明確な意味を持たせたデザインで知られています。表面にはヘリオス神の正面、あるいは3/4正面の頭像が描かれました。神を正面から描く構図は当時としては珍しく、この造幣所の特徴のひとつとなっています。

裏面にはバラの花とつぼみが描かれています。ギリシア語でバラを意味する「ロドン」と都市名「ロードス」をかけた洒落であり、こうした地名にちなむ図案は「カンティングタイプ」と呼ばれます。多くの例で裏面には「POΔION」(ロードスの、の意)という銘文が添えられ、発行地を明示しています。

また裏面には、ぶどう房や角笛(コルヌコピア)、小さな星といった副次的な意匠が加えられることもありました。これらは発行された年代や、発行の責任を担ったマギストレート(発行責任者)によって変化しており、名前や記号が刻まれる例も少なくありません。

重量と規格の変遷:テトラドラクマからディドラクマへ

ロードスの造幣当初、主要な貨幣単位はテトラドラクマ(4ドラクマ銀貨)でした。初期のテトラドラクマは約15.6グラムの重量を持っていました。

しかし前4世紀後半になると、主要な貨幣単位はディドラクマ(2ドラクマ銀貨)へと交代します。初期のディドラクマは約7.8グラムでしたが、後期になると標準重量は最低6.7グラム程度にまで減少しました。

この背景にあるのが「ロードス基準」と呼ばれる貨幣規格です。これはキオス島で用いられていた基準を約15パーセント軽量化したもので、ドラクマ1枚が約3.35グラム、ディドラクマは約6.7グラム前後という水準でした。この基準はロードス島内にとどまらず、エフェソスなど島外の造幣所でも採用されたことが知られています。ナクソス島でもテトロボルの一部にロードス基準が用いられたとされていますが、この点は確定的な資料が少なく、留保が必要です。

プリントフォロス制度への改革

ロードスの貨幣制度は、前190年頃に大きな転換点を迎えます。プリントフォロス制度と呼ばれる新しい規格へと完全に改革され、主要な貨幣単位はドラクマとなりました。

プリントフォロスドラクマは約3グラムと、それまでよりさらに軽量化されています。デザイン面でも特徴があり、裏面の意匠が浅い方形の凹み(インキュース・スクエア)の中に収められる独特の様式が採用されました。この制度は前190年頃から前84年頃まで、およそ1世紀にわたり続けられたことが分かっています。

ロードスは前1世紀にローマの支配下に入るまで、独自の銀貨鋳造を継続しました。長期間にわたり自らの貨幣制度を維持できた背景には、ワインやエジプト産穀物の交易拠点としての商業的重要性があったと考えられます。

コロッソス像とディドラクマの関係

ロードスの歴史を語るうえで欠かせないのが、前305年から前304年にかけて起きたデメトリオス1世(包囲王)によるロードス包囲戦です。この戦いでロードス側は、攻城兵器ヘレポリスなどを売却して得た300タラントンの資金を、世界七不思議のひとつに数えられるコロッソス像の建設に充てました。この巨大な像の建設には、約12年もの歳月を要したとされています。

興味深いことに、研究者アシュトンは、前304年から前265年頃に発行された側面向きのヘリオス像を描くディドラクマについて、その顔がコロッソス像を写した可能性を指摘しています。ただしこれはあくまで一部研究者による見解であり、確定した事実ではない点に注意が必要です。

なお、ロードスにおける造幣量(鋳造量)の増加は、こうした大規模建設事業や軍事行動の時期と相関していることが確認されています。貨幣の生産量そのものが、当時の都市の動向を映す資料になっているといえるでしょう。

現存する実例と博物館収蔵品

ロードスのディドラクマは、現在も複数の博物館や取引記録の中に実例が残されています。ボストン美術館所蔵の一枚は直径18.5ミリメートル、重量6.77グラムです。メトロポリタン美術館には前3世紀から前2世紀にかけての一枚が収蔵されており、直径約1.8センチメートル、重量6.72グラムとされています。

このほか、コインウィーク掲載例(前305年から前275年頃、重量6.49グラム、直径18.5ミリメートル)、ロンドンコインギャラリー掲載例(前304年から前167年頃、重量約6.5グラム)、そしてCNG掲載のアゲシダモス発行例(前250年から前229年頃、直径19.5ミリメートル、重量6.83グラム)など、時代や発行責任者ごとに細かな違いを持つ実例が知られています。

こうした収蔵品や取引実績の情報は、コインの来歴を確認するうえでも参考になります。また状態を評価する際には、未使用に近い保存状態かどうかが重要な判断材料のひとつとなります。

まとめ

ロードス島のディドラクマは、都市統合という建国の歴史、守護神ヘリオスへの信仰、そしてバラという地名にちなんだ洒落を一枚の銀貨に凝縮した貨幣です。テトラドラクマからディドラクマ、さらにプリントフォロス制度へと続く規格の変遷は、都市の経済や軍事の動きと密接に結びついていました。

コロッソス像との関わりなど、なお研究途上の論点も残されていますが、それこそが古代貨幣を読み解く楽しみのひとつともいえます。なお、こうした古代コインへの関心が高まる中で購入を検討する場合は、価格の変動や真贋判定の難しさといったリスクが伴うことを踏まえ、執筆時点の情報として慎重に検討することをおすすめします。

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