タソス島テトラドラクマ銀貨の図柄と歴史

英語名Thasos Tetradrachm (Dionysus/Heracles type)
発行地域古代ギリシャ
時代紀元前168/148年頃〜前1世紀末
素材

この記事で分かること

Thasos Tetradrachm (Dionysus/Heracles type) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1967.152.232) / パブリックドメイン
Thasos Tetradrachm (Dionysus/Heracles type) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1967.152.232) / パブリックドメイン

Thasos Tetradrachm (Dionysus/Heracles type)(American Numismatic Society (1967.152.232))

タソス島とテトラドラクマ銀貨の概要

タソス島は、北エーゲ海に位置するトラキア地方の島です。古くからワイン交易で知られ、経済的な繁栄を背景に活発な貨幣発行を行っていました。この記事で取り上げる銀貨は、タソス島が発行したテトラドラクマ(4ドラクマ銀貨)で、表面にディオニュソス、裏面にヘラクレスを描く点が大きな特徴です。古代ギリシャの貨幣全体については、古代ギリシャコインガイドでも詳しく紹介しています。

図柄が表すもの

表面と裏面の図柄には、それぞれ異なる由来があります。

表面には若々しいディオニュソスの頭部像が描かれます。タソス島では6世紀末からディオニュソスを図柄とする貨幣を発行してきた歴史があり、この銀貨もその系譜に連なるものです。

裏面には棍棒と獅子皮を持つヘラクレスの立像が刻まれ、銘文にはΗΡΑΚΛΕΟΥΣ ΣΩΤΗΡΟΣ ΘΑΣΙΩΝ(タソスの救済者ヘラクレス)と記されています。タソス島のヘラクレス崇拝は、前650年頃とされるフェニキア人の植民に由来するとされます。フェニキア人がメルカルト神という神を祀る神殿を建立し、後にこの神がヘラクレスと同一視されるようになったと伝えられています。島北部の主要都市にはヘラクレスの聖域が現存するとされますが、この伝承の詳細については確証が得られておらず、今後の検証が待たれます。

発行年代をめぐる二つの説

この銀貨がいつ発行されたかについては、資料によって見解が分かれています。ひとつは、幅広のフラン(貨幣素材の円盤)を用いた新様式が前170年頃から登場し、前148年から前146年にかけてローマ元老院が鋳造を許可したという説です。もう一方の説では、発行開始は前168年から前167年頃にさかのぼるとされています。

流通期間については、前148年から前80年頃までとする見方が一般的ですが、一部は前1世紀末まで使われ続けたとも考えられています。こうした発行の経緯は、鋳造事情を知るうえで参考になる事例といえるでしょう。

ローマとの関係、タソス島の歴史的背景

この銀貨の発行時期は、タソス島がたどった複雑な政治史とも重なります。タソス島は前7世紀頃、パロス島からの植民市として建設されたと伝えられていますが、この点についても確定的な裏付けがあるわけではありません。その後、前490年から前480年にかけてのペルシア戦争で侵攻を受け、前478年にはデロス同盟に参加しました。しかし金鉱の権益を巡ってアテネとの関係が悪化し、前463年にはアテネと開戦して敗北、支配下に入ります。

前411年に一時独立を果たしますが、スパルタ駐留軍に取って代わられ、前357年にはマケドニア王国の支配下となりました。前197年、キュノスケファライの戦いの後にようやく自治権を回復しています。

この銀貨が発行された背景には、ローマがマケドニアを属州化した際、バルカン半島での支払い用に幅広タイプの貨幣を導入したとの説もあります。同時期には隣接するマロネイアという都市も、同様に広幅のテトラドラクマを発行していました。原料となる銀は、トラキア地方に豊富だった銀鉱山から供給されたと考えられます。

重量・直径に見る個体差とモノグラム

現存する個体には、重量・直径ともに幅があります。重量は15.40グラムから16.97グラム程度まで、直径はおよそ30ミリメートルから34ミリメートルの範囲で確認されています。こうした個体差は、当時の鋳造技術や管理体制を反映していると考えられ、グレーディングの際にも注目される要素です。

裏面の図柄内側には、Mなどの文字からなるモノグラムが刻まれています。これは鋳造を管理した担当者を示すものとされ、ミントマークの一種として位置づけられます。参考文献としては、HGC 6の359番や、SNGコペンハーゲンの1039番から1045番などが挙げられます。

ケルト人による模倣鋳造

この銀貨は、バルカン半島からドナウ川下流域にかけて活動したケルト人によって模倣鋳造されたことが知られています。模倣品の重量は15.50グラムや16.57グラム、直径は31ミリメートルから32ミリメートル程度で、オリジナルに近い規格を保っています。こうした模倣品は、ロンドンのロマ・ヌミスマティクスなどの競売でも取引されており、70ポンドや160ポンドといった比較的低い価格で落札された例もあります。

所蔵例と入手の際の留意点

シカゴ美術館には前146年鋳造とされる直径3.2センチメートルの個体が所蔵されています。また、米国貨幣協会(ANS)にも所蔵例(登録番号1948.19.583)があります。こうした所蔵先の情報は、コインの来歴を確認する際の手がかりとなります。

古代コインは長い年月を経ているため、個体ごとの状態や真贋の見極めが重要です。執筆時点では、模倣品も含めて市場に多様な個体が流通していることが確認されていますが、購入を検討する場合は状態や来歴を十分に確認する必要があります。古代コインへの投資には価格変動などのリスクが伴う点にも留意してください。

まとめ

タソス島のテトラドラクマは、ディオニュソスとヘラクレスという二つの神格を組み合わせた図柄と、ローマとの関係を背景に持つ発行史が特徴的な銀貨です。発行年代には複数の説があり、重量や直径にも個体差が見られることから、一枚一枚の背景を丁寧に確認することが、この銀貨を理解するうえで欠かせません。

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