哲人皇帝マルクス・アウレリウスのデナリウス銀貨入門

英語名Marcus Aurelius Denarius
発行地域古代ローマ
時代139年(カエサル時代)〜180年(皇帝没年)
素材

この記事で分かること

Marcus Aurelius Denarius の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1970.156.341) / パブリックドメイン
Marcus Aurelius Denarius の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1970.156.341) / パブリックドメイン

Marcus Aurelius Denarius(American Numismatic Society (1970.156.341))

哲人皇帝が生きた時代を伝える一枚

マルクス・アウレリウスは、ローマ帝国が安定と繁栄を誇った「五賢帝」の最後を飾る皇帝です。161年から180年まで在位し、この時代はパクス・ロマーナ(ローマの平和)が終わりを迎える節目とも言われます。彼の治世に発行されたデナリウス銀貨は、当時の政治・軍事情勢を今に伝える貴重な史料です。ローマ帝国全体の貨幣史に関心のある方は、古代ローマコイン入門ガイドもあわせてご覧ください。

素材とサイズ、重量の実測データ

マルクス・アウレリウス期のデナリウス銀貨は、素材に銀(記号ではAR)が使われています。銀の含有量については品位という用語で語られることが多く、後述するように治世を通じて変化が見られます。

発行期間は皇帝としての161年から180年までに加え、カエサル(副帝)であった139年から161年までの分も含まれます。主要な鋳造地はローマ造幣所でした。

現存する個体の実測例を見ると、直径は16.5ミリから19ミリ前後まで幅があり、個体差が大きいことが分かります。重量は約2.4グラムから3.6グラムの範囲で、平均すると3.0グラムから3.4グラム程度に収まる例が多いようです。

具体例として、アメリカ貨幣協会(ANS)所蔵の161年発行個体は直径16.5ミリ、重量2.96グラムです。同じくANS所蔵の165年から166年発行個体では直径18ミリ、重量3.5グラム前後となっています。メトロポリタン美術館が所蔵する176年から177年発行個体は直径1.9センチ、重量3.29グラムです。さらに179年から180年発行の個体では直径19ミリ、重量3.40グラムという例があり、こちらはNGCの鑑定で「ジェム・ミント・ステート」評価を得ています。鑑定の仕組みについてはグレーディングNGCの解説記事もご参照ください。また高い保存状態を示すミントステートという表現についても、あわせて確認しておくと理解が深まります。

銀含有率の低下と軍資金確保

マルクス・アウレリウス治世末期には、銀含有率が約75パーセントまで低下したとされる指摘があります(要確認)。一方で、治世中を通じた別の推計では、銀含有率は約70パーセントまで下がったとする説もあります。

背景には軍事費の増大があったと考えられています。166年には、マルコマンニ族とクァディ族がドナウ川を越えて侵入する事態が起こりました。この対応のための軍資金確保を目的に、銀貨にさらに5パーセントの卑金属が追加されたとされています(要確認)。こうした品位の変化は、当時の帝国財政の厳しさを物語る手がかりとも言えるでしょう。

なお、標準的なカタログとしてはマッティングリーとシデナムによる1930年刊行の「RIC III」が知られ、現代の型式研究文献としてはシュヴァイヴェルトによる1986年刊行の「MIR18」が参照されています。

裏面に描かれた神々と銘文

マルクス・アウレリウス期のデナリウス銀貨は、表面と裏面の図柄構成にも見どころがあります。

カエサル時代のコインには、槍と盾を持つミネルワ女神を描いた図柄が存在します。皇帝在位中の裏面図柄としては、蛇と祭壇を伴うサルス(健康の女神)、勝利の女神ウィクトリア、軍神マルス、舵と豊穣角を持つフォルトゥナ(運命の女神)、天球儀と豊穣角を持つプロウィデンティア(摂理の女神)、天秤と豊穣角を持つアエクィタス(公正の女神)など、多彩な神々が採用されています。

銘文にも注目すべき点があります。「TR P XXXI IMP VIII COS III P P」という銘は、在位31年目、凱旋8回目、執政官3期目であることを示しています。また「TR P XXXIIII IMP X COS III PP」銘のデナリウスは、生前最後の紀年入りシリーズの一つとされ、このシリーズにはデナリウス2種とアウレウス1種しか存在しないとされています(要確認)。死没直前とされる179年から180年発行分の裏面には、フォルトゥナ女神像が使われた例も確認されています。

皇帝マルクス・アウレリウスの生涯

出生名は「マルクス・アンニウス・ウェルス」でした。養子縁組を経て「マルクス・アエリウス・アウレリウス・ウェルス」となり、139年には「アウレリウス・カエサル」と改名、即位後は「マルクス・アウレリウス・アントニヌス・アウグストゥス」を名乗りました。

145年には、アントニヌス・ピウス帝の娘である小ファウスティナと結婚し、これを記念して旧アントニウス軍団デナリウスを模した記念貨が発行されたとされています(要確認)。この旧アントニウス軍団デナリウスは、内乱期に発行された卑金属貨で、帰還兵の間で長く小額貨幣として流通していたと伝えられています。

政治面では、169年に共同皇帝であったルキウス・ウェルスが死去した後、単独統治を担うことになります。軍事面では、東方のパルティア戦争で治世初期に勝利を収めた一方、ドナウ戦線ではマルコマンニ戦争と呼ばれる長期の戦いに従事しました。169年から174年にかけては、現在のウィーン近郊にあたるカルヌントゥムに約5年間滞在し、前線の指揮にあたっています。

こうした戦乱の時代にありながら、マルクス・アウレリウスは哲学書「自省録」を執筆しました。原本は現存せず、写本のみが後世に伝えられています。活版印刷による刊行は1559年のことでした。戦場の陣中で自らの内面と向き合った記録として、今なお読み継がれています。

180年3月17日、北方の戦線で病没したとされます。没地についてはウィンドボナ説とシルミウム説があり、確定していません(要確認)。死後は息子コンモドゥスの治世下で神格化(コンセクラティオ)シリーズが発行され、「ディウス・マルクス・アントニヌス」の銘が刻まれたコインが作られました。神格化された皇帝を示すこうした銘文は、当時の宗教観や皇帝崇拝のあり方を知る手がかりにもなります。

現代における評価と相場感

執筆時点の情報として、現代のオークション市場では、並品のデナリウスがおおよそ80ドルから250ドル程度、戦争関連の図柄を持つ名品では150ドルから400ドル程度で取引されているとされます(要確認)。オークション記録を扱う複数のデータベースでは、マルクス・アウレリウス関連のデナリウスの落札事例が一定数確認できるとされていますが、正確な件数は執筆時点では確認できていません(要確認)。

なお、コインの来歴を示すプロヴェナンスや、複数枚がまとまって発見されるホード(埋蔵貨幣)といった情報が付属する個体は、歴史的背景がより明確になるため関心を集めやすい傾向があります。

マルクス・アウレリウスは近年、映画「グラディエーター」を通じて一般にも知名度が高まりました。哲人皇帝として知られる一方、ドナウ戦線での軍事指揮官としての顔も持つ、複雑な人物像がコインの図柄や銘文からもうかがえます。古代ローマ貨幣に関心を持たれた方は、ぜひ他の皇帝のコインとも見比べてみてください。なお、投資対象として古代コインを検討する場合には、市場価格が変動しうる点や真贋・保存状態の確認が重要である点に留意する必要があります。

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