セステルティウスとは

英語名Sestertius
発行地域ローマ帝国
時代紀元前23年頃〜3世紀後半
素材青銅

セステルティウスは、古代ローマで最大級の大きさを持った流通貨幣です。素材は金でも銀でもなく、**黄銅(オリカルクム)**でした。

金貨であるアウレウスと比べると、セステルティウスはより幅広い価格帯から選べる貨種です。そして大きさゆえに、古代ローマのコインのなかで最も図像が豊かでもあります。

ネロ帝のセステルティウス(64〜68年、ローマ鋳造)。直径36mm、重量26.84g。左が表面、右が裏面。

通貨体系での位置づけ

ローマ帝政期の貨幣は、固定比率で結ばれた体系になっていました。

1アウレウス = 25デナリウス = 100セステルティウス = 400アス

つまりセステルティウスは、アウレウス金貨の100分の1にあたる額面です。

共和政期にも銀貨として発行されたことがありましたが、断続的でした。大型の黄銅貨として本格的に定着したのは、紀元前23年頃のアウグストゥスの貨幣改革からです。

定期的な発行はアウレリアヌス帝の治世(270〜275年)頃までに終わり、3世紀後半には大型青銅貨としての発行が事実上終息しました。

素材は「黄銅」です

セステルティウスの素材はオリカルクムと呼ばれる合金で、**銅およそ80%・亜鉛およそ20%**の真鍮系です。

**新造時には金に似た色合いを呈していました。**現在私たちが目にする緑や茶の色は、2000年近い年月による変化です。

なお3世紀に入ると、亜鉛の含有率が低下していきます。繰り返し溶かして再利用する過程で亜鉛が失われるためで、鉛や錫で補われた劣化した合金になっていきました。素材の変化そのものが、帝国の状況を映しています。

裏面の「SC」が意味するもの

セステルティウスの裏面には、大きく SC の2文字が刻まれています。

これは **SENATVS CONSVLTO(元老院決議による)**の略です。

**なぜ青銅貨にだけ付くのか。**アウグストゥスの改革によって、金貨と銀貨の鋳造権は皇帝に、青銅貨の鋳造権は元老院に残されたためです。

つまり SC は、「これは元老院が発行した貨幣である」という表明です。アウレウスやデナリウスにこの表記はありません。同じ皇帝の名を冠しながら、発行の権限が違っていたことが、この2文字に表れています。

大きさが生んだ図像の豊かさ

セステルティウスの直径は、米国貨幣学会所蔵の実例で34〜36mm、重量25〜27g前後です。文献上の目安としては直径32〜38mm、重量25〜28g程度とされます。

この面積が、彫刻師にとって表現の場になりました。

ネロ帝のセステルティウス裏面。オスティア港を俯瞰した構図で、灯台、複数の船、横たわるテベル河神が描かれている
ネロ帝のセステルティウス裏面(直径34.5mm、重量27.19g)。オスティア港を俯瞰で描いています。灯台、係留された船、下部に横たわるのはテベル河の神です。 American Numismatic Society (1954.203.155) / パブリックドメイン

このオスティア港の図像は、港湾そのものを俯瞰の構図で描いたという点で異例です。灯台、複数の船、擬人化された河神が一枚のなかに収められています。

ほかにも水道橋、凱旋門、皇帝の事績を描いたものなど、建築物や出来事を記録した図像が数多く残されています。ティトゥス帝がコロッセウムの竣工を記念して発行したセステルティウスは、その代表例です。

トラヤヌス帝のセステルティウス表面。月桂冠を戴いた右向きの肖像
表面 American Numismatic Society (1944.100.44701) / パブリックドメイン
トラヤヌス帝のセステルティウス裏面。皇帝が市民に施しを与える場面
裏面:市民への施し American Numismatic Society (1944.100.44701) / パブリックドメイン

トラヤヌス帝のセステルティウス(103年、ローマ鋳造)。直径34mm、重量25.7g。裏面は市民への施し(コンギアリウム)の場面です。

ネロ帝期のセステルティウスは、美術的完成度が最も高い時期のものとして評価されています。1世紀半ばのこの時期、大型の画面が彫刻師の技量を発揮する場になりました。

緑青(パティナ)という評価軸

日本の読者にとって最も馴染みが薄く、しかし最も重要な論点です。

古代青銅貨には**パティナ(緑青)**が形成されます。これは数世紀をかけて表面にできた層で、評価を大きく左右します。

良いパティナと悪いパティナ

状態
良い均一で硬く安定した層。図柄を明瞭に保つ
悪い粉状の青緑色の突起(いわゆる「ブロンズ病」)。表面に穴(ピッティング)を生じさせる劣化現象

洗ってはいけません

**パティナを除去すると、価値は大きく損なわれます。**数世紀かけて形成されたものは、二度と戻りません。

CoinWeek は、洗浄によって価値が400ドルから100ドルへ下がった事例を紹介しています。

許容されるのは温水での軽い洗いと、柔らかい付着物の除去までです。それ以上の処置は避けてください。

この考え方は銀貨のトーニングと同じです。「きれいにする」行為が価値を壊すという点で共通しています。

状態評価の見方

NGC Ancients では、摩耗度による形容詞グレードに加えて、**Strike(打刻)**と **Surface(表面)**を個別に1〜5で評価します。青銅貨では特に Surface の比重が大きくなります。

**重要な注意点があります。**NGC は表面を研磨したコインや、tooling(傷や腐食を消すために平滑化したり、失われた図柄を彫刻刀で復元したりする行為)を施したコインを、原則としてグレーディングの対象外としています。

古代青銅貨では、この tooling が価値判定の分かれ目になります。詳しくはグレーディングとはをご覧ください。

市場での位置づけ

まず例外的な最高峰から挙げます。

一方、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウスといった在位の長い皇帝のVF級であれば、オークションで見積100ユーロ程度から出品されている例があります。

**ただし「セステルティウス=安価」と単純化しないでください。**素材、年代の希少性、図像の希少性によっては、金貨を上回る価格がつくことがあります。上記のハドリアヌス帝の記録がまさにそれです。

正確な表現をするなら、**「アウレウスやデナリウスと比べて、価格帯の選択肢が広い」**ということになります。

なお、この記事で挙げた価格は執筆時点で確認できたものです。実際の購入検討にあたっては、acsearch.info などで直近の落札結果をご確認ください。

贋作について

古代コインの贋作には長い歴史があります。

ルネサンス期には、ジョヴァンニ・カヴィーノ(1499年頃〜1570年)らが精巧な彫刻ダイスによる作品を制作しました。いわゆる「パドヴァ物」です。これらは当初から贋作として作られたわけではないものも含まれ、現在では独自の収集対象にもなっています。

**問題は近現代の鋳造贋作です。**主要なオークションハウスや、個人・公共のコレクションにまで紛れ込んだ事例が報告されています。

青銅貨で注意すべき点は3つです。

  1. 鋳造贋作 — 表面の質感が打刻品と異なります
  2. tooling — 摩耗した図柄を彫り直したもの。鑑定でグレードが付かなくなります
  3. パティナの偽装 — 薬品で人工的に色を付けたもの

対策としては、NGCPCGS の鑑定済み個体を選ぶこと、そしてプロヴェナンス(来歴)を確認することが基本になります。

まとめ

アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。

古代ローマの貨幣制度全体は古代ローマコイン入門、ほかのコインはコイン図鑑からご覧ください。

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本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

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