ハドリアヌスのセステルティウスとは|五賢帝時代の大型青銅貨
| 英語名 | Hadrian Sestertius |
|---|---|
| 発行地域 | ローマ帝国 |
| 時代 | 西暦117年〜138年(五賢帝時代、ローマ帝政期) |
| 素材 | 青銅 |
この記事で分かること
- ハドリアヌス帝の生涯とセステルティウスという貨幣単位の位置づけ
- セステルティウスに使われた合金オリカルクムの特徴と時代による変化
- 重量や直径にばらつきが見られる理由と具体的な計測例
- 属州訪問を記念した「トラベルシリーズ」とブリタンニア関連貨の希少性
Hadrian Sestertius(American Numismatic Society (2000.5.21))
五賢帝の一人、ハドリアヌス帝とは
ハドリアヌスは西暦117年から138年まで在位した、いわゆる五賢帝の3代目に数えられる皇帝です。五賢帝とはネルウァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウスの5人を指します。
西暦76年1月24日に生まれ、138年7月10日に62歳で没しました。出生地については、現在のスペインにあたるイタリカとする説と、ローマ市とする説の両方が伝えられています。
先帝トラヤヌスの従弟にあたり、養子となったことで皇位を継承しました。后妃はウィビア・サビナで、実子はいなかったとされています。晩年にはルキウス・アエリウスを養子に指名しましたが、アエリウスが先に亡くなったため、最終的にアントニヌス・ピウスを後継者として指名しました。死後の139年には神格化されています。パンテオンの修復やヴィッラ・アドリアーナの建設でも知られる人物です。
ローマ史全体の中でのハドリアヌスの位置づけについては、古代ローマコインの基礎知識でも触れていますので、あわせてご覧ください。
セステルティウスという貨幣とオリカルクムの輝き
セステルティウスは、デナリウスという銀貨の4分の1の価値を持つ貨幣単位です。ハドリアヌス期のセステルティウスは、オリカルクムと呼ばれる真鍮系の合金で作られるのが標準でした。
オリカルクムは銅と亜鉛の合金で、金に似た黄金色の輝きを持つことが特徴です。近年の分析によれば、古代のオリカルクムは亜鉛含有率がおよそ20〜30%程度であったと推定されています。ただし2世紀に入ると亜鉛含有率は約5%まで低下し、銅がおよそ80%を占めるようになったとされています。この変化は、コインの表面の色合いにも影響を与えたと考えられます。表面や地色の経年変化に関心のある方は、パティナやトーニングの解説もご参照ください。
コインの表側と裏側の構成について触れると、セステルティウスの表面には「S C」という刻印が置かれる点が特徴です。これは元老院決議を意味する略号で、青銅貨全般に共通して見られます。裏面には「HADRIANVS AVG COS III P P」のように、皇帝の称号を記した銘文が刻まれています。デザインの配置全体については表面・裏面の考え方が参考になります。
重量や直径にばらつきがある理由
ハドリアヌス期のセステルティウスは、時代や個体によって重量や直径に差が見られます。1世紀の平均的な重量は25〜27グラム、直径は33〜38ミリメートルとされていました。これに対し2世紀になると重量は約25グラム、直径は約34ミリメートルで比較的安定していたと報告されています。
実際の所蔵例を見ると、ばらつきの様子がよく分かります。ボストン美術館所蔵の一例は直径33.5ミリメートル、重量26.63グラムです。アメリカ貨幣協会所蔵の117年銘は直径33ミリメートル、重量24.19グラムでした。一方、134年から138年の間に鋳造された同協会所蔵例は、直径30ミリメートル、重量21.18グラムと、明らかに小型化している点が確認できます。メトロポリタン美術館の所蔵例も同時期のもので、重量21.3グラムと近い値を示しています。
オークション記録からも同様の傾向がうかがえます。137年から138年銘とされる個体は直径33ミリメートル、重量24.72グラムでした。ネプトゥヌスを図柄とする125年から127年銘の個体は直径33ミリメートル、重量26.37グラムです。また121年から122年銘とされる出品例では、直径33ミリメートル、重量27.82グラムという、比較的重い個体も記録されています。
こうした個体差は、鋳造時期による規格の変化だけでなく、使用による摩耗や保存状態の違いも関係していると考えられます。コインの状態を評価する際の基準についてはグレーディングの考え方を確認しておくと理解が深まります。
属州訪問を記念した「トラベルシリーズ」
ハドリアヌスの発行したコインの中でも特に知られているのが、属州訪問を記念した一群、いわゆるトラベルシリーズです。皇帝が実際に巡幸した属州名や関連する図像を刻むことで、統治の広がりを示す意図があったとされています。
トラベルシリーズは大きく4つの類型に分けられます。属州の地名のみを示すもの、皇帝の到着を意味する「ADVENTVS」を刻むもの、修復者を意味する「RESTITUTORI」を刻むもの、そして軍事閲兵を意味する「EXERCITVS」を刻むものです。これらは金貨、銀貨、青銅貨のいずれでも発行され、約28の地域を網羅していたとされています。
学説では、このトラベルシリーズは131年から132年頃、皇帝が2度目の大巡幸から帰還した際にまとめて鋳造されたとされていますが、この点は確定的な事実というより研究上の見解であるため留保が必要です(要確認)。発行数や鋳造の経緯を調べる際には、発行数(ミンテージ)の考え方も手がかりになります。
ブリタンニア関連コインの希少性と人気
トラベルシリーズの中でも、ブリタンニア属州にまつわるコインは英語圏の収集家に特に人気が高いとされています。2010年に米国で行われたオークションでは、予想価格3000ドルとされていた一枚が、大きく上回る3万ドルで落札された例が記録されています。
ハドリアヌス期には、122年に着工され全長約73マイル、約117.5キロメートルに及ぶハドリアヌスの長城が建設されました。ブリタンニア属州との関わりを示すコインが人気を集める背景には、こうした歴史的な出来事も関係していると考えられます。
デザイン面では、ブリタンニアを座像で表す図柄が採用されていますが、これはトラヤヌス期のダキア擬人像から着想を得たものとされています。
2024年には、コープ・コレクションと呼ばれる旧蔵歴のある一群の中に、130年に鋳造されたとされるブリタンニア関連のセステルティウスが出品されました。この個体は、かつて英国の博物館で展示されていた経歴を持つとされています。コインの来歴をたどる考え方については、プロヴェナンス(来歴)の解説もあわせて参考にしてください。
さらに、「属州」型と呼ばれるブリタンニア関連シリーズの後期発行分は、現存数が極めて少ないとされています。既知の個体は、デュポンディウスがおよそ10枚、セステルティウスがおよそ6枚のみとされていますが、この数値については研究や調査の進展により変わる可能性があるため、確定的な事実としてではなく留保付きで捉える必要があります(要確認)。
収集にあたっての留意点
ハドリアヌス期のセステルティウスは、合金の変化や重量・直径のばらつき、そしてトラベルシリーズのような歴史的背景を持つ発行群など、見どころの多い青銅貨です。一方で、状態や希少性によって評価が大きく異なる点にも注意が必要です。
執筆時点では、ブリタンニア関連コインのように高額で取引された例も記録されていますが、こうした価格はあくまで過去の一事例であり、将来的に同様の結果が得られるとは限りません。古代コインの収集は歴史的な価値を楽しむものであると同時に、価格変動のリスクも伴う点を踏まえておくことが大切です。
なお、コインの真贋や状態を確認する際には、第三者機関による鑑定が参考になることがあります。こうした鑑定の仕組みについては、NGCやPCGSといった鑑定機関の解説も参考にしてみてください。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。
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