ゴシッククラウン銀貨とは

英語名Gothic Crown
発行地域イギリス
時代1847年・1853年
素材

ゴシッククラウンは、ヴィクトリア女王時代のイギリスで発行されたクラウン銀貨です。クラウンは5シリングにあたる額面で、1847年に発行され、1853年にも同じ意匠で発行されました。どちらもプルーフ(特製の鏡面仕上げ)のみで、流通用は作られていません。

ゴシッククラウン(1847年)。左が表面、右が裏面。中世写本を思わせるゴシック体の銘文が全面に使われています。

この記事では、この銀貨がなぜ「ゴシック」と呼ばれるのか、1847年と1853年で何が違うのか、そして日本の購入者が最も注意すべき贋作の問題を扱います。

作者は一人ではありません

日本語の紹介では、このコインはたいてい「ウィリアム・ワイオンの作」とまとめられます。しかし正確には二人の手によるものです。

担当
表面(デザイン・彫刻)ウィリアム・ワイオン(王立造幣局 主任彫刻師)
裏面(デザイン)ウィリアム・ダイス(スコットランドの画家、ロイヤル・アカデミー会員)
裏面(彫刻)ウィリアム・ワイオン

裏面の図案を描いたのはワイオンではなく、画家のウィリアム・ダイスです。ワイオンはそれを金型に彫る役割を担いました。英国王立造幣局博物館、Museums Victoria の所蔵記録がいずれもこの二人の役割を分けて記載しています。

なお、この裏面意匠はもともとダイスが1849年のフローリン銀貨(通称「ゴッドレス・フローリン」)のために手がけたものが出発点になっています。

なぜ「ゴシック」なのか

名称は、19世紀半ばに流行したゴシック・リバイバルという中世回帰の美術・建築運動に由来します。

具体的に「ゴシック」なのは次の点です。

1. 銘文がブラックレター(ゴシック体)

通常のローマン体ではなく、中世の写本を思わせる書体が使われています。表面の銘文は次のように、すべて小文字で刻まれています。

victoria dei gratia britanniar: reg: f: d:

裏面はこうです。

tueatur unita deus anno dom mdcccxlvii (神が結ばれしものを守りたまえ/1847年)

2. 王冠を戴いた中世的な肖像

表面のヴィクトリア女王は王冠を被り、髪を長く編んで垂らしています。ドレスには**バラ(イングランド)、アザミ(スコットランド)、シャムロック(アイルランド)**の刺繍が施されています。

3. 十字形に配された盾

裏面は中央のガーター星章を囲んで、王冠を戴いた4つの盾が十字形に並びます。上下がイングランド(3頭の獅子)、左右がスコットランド(立ち上がる獅子)とアイルランド(ハープ)です。盾のあいだの空間には、バラ2つとアザミ、シャムロックが配されています。

王立造幣局はこのコインを「王立造幣局がこれまでに製造したなかで最も精緻なコインのひとつ」と表現しています。

1847年と1853年 — 縁の文字で見分ける

同じ意匠ですが、この2つは市場での扱いがまったく違います。見分けるのはコインの縁に刻まれた文字、すなわち縁刻です。

1847年1853年
縁の文字UNDECIMOSEPTIMO
発行枚数8,000枚不明(後述)
販売形態プルーフセットのみ(単体販売なし)
業者の販売提示価格中級品で英2,750〜3,250ポンド英2万ポンド以上との専門業者評価
カタログ番号S.3883 / ESC 288S.3884 / ESC 2584

1847年銘の縁には、次の文字が浮き彫りで刻まれています。

DECUS ET TUTAMEN ANNO REGNI UNDECIMO (装飾にして守り、治世第11年に)

単語のあいだには王冠とバラの装飾が入ります。

**なお、1847年には縁に文字のない「プレーンエッジ」の変種も存在します。**文字入りより数が少なく、別建てで取引されています。「縁に文字がない=偽物」ではないので、この点は誤解しないでください。

※上の価格は、オークションの落札実績ではなく業者が提示している販売価格です。実際の落札結果は後述します。

**1853年が圧倒的に希少なのは、単体で売られなかったからです。**1853年のプルーフセットに含める形でのみ作られ、しかもそのセットは王立造幣局の公式代理店ハント&ロスケル経由でしか注文できませんでした。一般の人が造幣局と直接取引することはできなかったのです。

セットはハート型の赤いケースに、ビロード張りで収められていました。

「SEPTIMO=第7年」とは限りません

日本語の解説では、SEPTIMO を「治世第7年」と訳しているものを見かけます。しかし、これは説明がつきません。

ヴィクトリア女王の即位は1837年6月20日です。1853年は治世16〜17年目にあたり、第7年ではありません。

イギリスの専門業者のなかには、実際の縁の刻印は DECIMO SEPTIMO(第17年)であり、「septimo」はカタログ上の略称にすぎないとする見解もあります。ただしこれを一次資料や縁の写真で確認することはできませんでした。

現時点では未解決の論点として扱うのが正確です。「第7年」と断定している解説を見かけたら、その根拠を確認したほうがよいでしょう。

1853年の「発行枚数460枚」も確定していません

日本語のブログ等では「1853年は460枚」と書かれることが多くあります。この数字は Coin Yearbook の記載に由来しますが、イギリスの専門業者や研究者のあいだでは「実際の発行枚数は不明」とされています。

1847年の8,000枚には出典がありますが、1853年については根拠が確認できる数字が存在しません

【最重要】贋作に注意が必要なコインです

このコインを扱ううえで、避けて通れない問題があります。

**NGC は、1847年ゴシッククラウンを世界で最も贋作の多いコインの上位に挙げています。**また、イギリスの標準カタログである Spink の第56版(2021年)は、S.3883 の項目に「最近の贋作に注意」という注記を掲載しています。

なぜ厄介なのか

現代の贋作は「トランスファーダイ」という手法で作られます。本物から型を起こす方式のため、重量・直径・厚み・成分が本物と一致してしまいます。

つまり、秤で量っても見破れません。

判別の手がかり

Coin World が報じている診断点は次のとおりです。

最も決定的なのは縁の文字です。

そのほかの手がかりとして、次の点が挙げられています。

日本から購入する場合、現物を手に取って縁を確認することは困難です。したがって NGC または PCGS の鑑定済み個体を選ぶことを強く推奨します。

状態について — 「きれいに見える」ものに注意

このコインには、もうひとつ日本の購入者が誤解しやすい点があります。

洗浄(クリーニング)されている個体が非常に多いのです。鑑定に出された1847年・1853年の個体は、正規のプルーフグレードではなく「Details」「Altered Surfaces(表面加工あり)」「Whizzed(磨き)」といった扱いになっているものが頻繁に見られます。

日本では、銀貨は明るくピカピカしているほうが良品だと感じる方が多いかもしれません。しかしこのコインでは逆です。洗浄は価値を大きく損ないます。

市場で高く評価されるのは、オリジナルのトーニング(自然な色調変化)が残り、図柄と地の部分にカメオ状のコントラストがある個体です。専門業者や業界誌は「見事にトーニングした」個体を上位品として扱います。カメオ/ディープカメオの指定を受ける個体はごく少数にとどまります。

なお「Details」とは、洗浄や表面加工などの問題があるために正規のグレードが付かず、状態注記付きで封入されることを指します。価格に大きく影響します。

グレード表記の読み方はグレーディングとはで解説しています。

市場での評価

確認できた実績は次のとおりです。

年月日オークション内容結果
2022年8月28日Heritage Auctions1847年 NGC PR657万5000米ドル
(日付不明)Spink1853年 NGC Proof AU Details(洗浄跡あり)4800ポンド(予想価格2800ポンド)

**これらの金額に落札手数料が含まれるかは、参照した資料では明示されていませんでした。**Heritage は通常手数料込み、Spink は通常手数料別で表示しますが、個別の確認は取れていません。

価格水準の目安として、Coin World は1847年について「ほぼどの状態でも数千米ドルで取引され、極美品は3万米ドル以上」と報じています。1853年については、イギリスの専門業者が「2万ポンド以上」と評価しています。

**なお、1847年は PR55 から PR65 まで幅広いグレードで市場に出ます。**予算に応じた選択肢がある一方で、状態による価格差が大きい点には注意が必要です。

仕様について

素材はスターリングシルバー(品位925)です。

重量と直径については、資料によって数値が異なります。

これらは個体の実測値と規定値が混在しているためと考えられます。**単一の数字を「仕様」として断定することは避けてください。**購入検討時は、その個体の実測値を出品者に確認するのが確実です。

まとめ

アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。銀相場の影響も受けますし、売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。

同じウィリアム・ワイオンの代表作についてはウナとライオン金貨で解説しています。ほかのコインはコイン図鑑から、予算に応じた始め方は予算別スターターキットをご覧ください。

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本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

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