ウナとライオン金貨とは

英語名Una and the Lion
発行地域イギリス
時代1839年(銘)/実際の頒布は1843年以降
素材

「ウナとライオン」は、1839年の銘を持つイギリスの5ポンド金貨です。日本では「世界で最も美しい金貨」という言葉とともに紹介されることが多く、アンティークコインの入口としてこの1枚を知る方も少なくありません。

ウナとライオン金貨の表面。ヴィクトリア女王の左向きの肖像
American Numismatic Society (1946.89.12) / パブリックドメイン
ウナとライオン金貨の裏面。ウナに擬されたヴィクトリア女王が、王笏を手にライオンを導く図像
American Numismatic Society (1946.89.12) / パブリックドメイン

ウナとライオン5ポンド金貨(1839年銘)。左が表面、右が裏面。米国貨幣学会所蔵の個体(直径37mm)。

この記事では、この金貨がなぜ傑作とされるのか、日本でよく言われる「発行枚数400枚」は本当なのか、そして同じ名前で流通している3つの別物について整理します。

イギリス君主が「架空の人物」として描かれた最初のコイン

このコインの本当の特異性は、美しさよりもまず題材の選び方にあります。

裏面に描かれているのは、ヴィクトリア女王その人ではありません。エドマンド・スペンサーの叙事詩『妖精の女王』に登場するウナという登場人物に擬した姿です。ウナは王笏と宝珠を手に、イギリスを象徴するライオンを導いています。

イギリスの君主が架空の人物として貨幣に描かれたのは、これが初めてでした。

『妖精の女王』の寓意において、ウナは「真理」と「正しい信仰」を体現する存在です。即位して間もない若き女王をその役に重ねたことになります。1837年に即位したヴィクトリアにとって、これは治世の始まりを飾る図像でした。

表面と裏面の両方を手がけたのは、ウィリアム・ワイオンです。1828年に王立造幣局の主任彫刻師に任命された人物で、表面には彼による「ヤングヘッド」と呼ばれる若き日の女王の肖像が刻まれています。

銘文が語るもの

表面の銘文はこう読みます。

VICTORIA D: G: BRITANNIARUM REGINA F: D: (神の恩寵により、ブリタニア諸邦の女王、信仰の擁護者ヴィクトリア)

裏面の銘文は次のとおりです。

DIRIGE DEUS GRESSUS MEOS (神よ、わが歩みを導きたまえ)

この一節は詩篇119篇133節に由来します。後年、2012年のダイヤモンド・ジュビリー記念5ポンド貨にも再び用いられました。

なお、この銘文には DIRIGIT(神がわが歩みを導く)と読む変種も存在します。日付は裏面にローマ数字で MDCCCXXXIX(1839年)と記されています。

「発行枚数400枚」は確定した数字ではありません

日本語のコイン紹介ページでは、ほぼ例外なく「発行枚数400枚」と書かれています。しかし、これを裏づける王立造幣局の一次記録は確認できません。

資料ごとの記述を並べると、次のようになります。

出典記述
英国王立造幣局博物館「数百枚を超えることはない」(具体的な数字なし)
王立造幣局300〜500枚
CoinWeek「およそ400枚程度と思われる」
日本の各ディーラーサイト400枚(断定)

つまり「400枚」は推定値のひとつが、日本語圏で確定した数字のように広まったものです。購入判断の材料にする際は、この点を踏まえてください。数百枚規模の希少品であることは確かですが、正確な枚数は分かっていません。

発行の経緯 — 1839年銘だが、頒布は1843年

このコインは流通用ではありません。1839年銘のヴィクトリア朝初期貨幣のプルーフセット(特製の見本セット)に収めるために作られたもので、最初から収集家向けの製品でした。

さらに紛らわしいのが、1839年の銘を持ちながら、収集家に頒布されたのは1843年だったことです。しかも当初の頒布で打刻が終わったわけではなく、その後も注文に応じて打たれ続けました。

このため、同じ「1839年銘」でも個体差があります。王立造幣局博物館が記録している変種には、次のようなものがあります。

王立造幣局博物館自身が、金2枚・銀4枚・ブロンズ銅2枚ほか錫を含む13点を所蔵しています。研究文献のウィルソン&ラスムッセンは、あわせて8種類のダイ変種を挙げています。

購入時は「1839年のウナとライオン」という括りだけでなく、どの変種かを確認する必要があります。

こうしたダイの違いによる変種には W&R-277、W&R-278 のような整理番号が付され、あわせて R1〜R5 の希少度が示されます。数字が大きいほど現存数が少ないという意味です。たとえば W&R-278(DIRIGE 銘・小文字入り縁・髪飾りの巻き模様6つ)は R4、W&R-279 は R2 で最もよく見かける変種、といった具合に評価が分かれます。

なお、重量・直径・金純度についても、資料によって数値が異なります。単一の数字を「仕様」として断定できる状態にはないため、この記事では記載していません。検討時は、その個体の実測値を出品者に確認してください。

【重要】同じ名前の3つの別物

日本の購入者が最も混乱しやすいのがここです。「ウナとライオン」と呼ばれるものには、まったく異なる3種類があります。

発行内容
① 1839年 原品王立造幣局ワイオンによるオリジナル。数百枚規模。後述のとおり37万〜144万米ドルの落札実績があります
② 2019年 リマスター王立造幣局ワイオンの原デザインを現代技術で再現。2オンス金貨の額面は200ポンドで、表面はエリザベス2世の肖像
③ 2019年〜 セントヘレナ版東インド会社/セントヘレナ政府デザインそのものが新規。2020年銘の裏面はグリン・デイヴィスによるもので、ワイオンの作ではない

**③は「ウナとライオン」の名を冠していますが、ワイオンのデザインでも王立造幣局の発行でもありません。**セントヘレナ政府の権限で発行された、新しい解釈による現代コインです。

さらに市場には、金メッキを施した銀メダルなどの合法的なレプリカも出回っています。これらは贋作ではなく、あくまで複製品として販売されているものです。

**見分け方はシンプルです。数百枚しか存在しない1839年の原品が、手頃な価格で売られていることはありません。**価格が原品の水準から大きく外れていれば、それは②③かレプリカです。

購入にあたっては、プロヴェナンス(来歴)が記録されているかどうかも確認してください。

なお、1839年の原品について、鑑定機関が贋作の注意喚起を出している事例は確認できませんでした。この点はゴシッククラウン銀貨とは事情が異なります。ただし、この価格帯の品を購入する以上、NGC または PCGS の鑑定済みであることは実質的な必須条件と考えてください。

市場での評価

近年の主な落札実績は次のとおりです。

落札日オークショングレード落札価格
2021年8月19日Heritage AuctionsNGC PF 66★ Ultra Cameo144万米ドル
2020年10月29日MDC MonacoNGC PF 66 Ultra Cameo98万4000ユーロ(約114万8000米ドル)
2021年5月6〜7日Heritage AuctionsPCGS Proof-63 Deep Cameo42万米ドル
2021年5月6〜7日Heritage AuctionsPCGS Proof-62+ Deep Cameo37万2000米ドル

**Heritage Auctions の3件は、バイヤーズプレミアム(落札手数料)込みの金額です。**MDC Monaco の結果については、参照した資料で手数料の扱いが明示されていませんでした。

グレード表記のうち Ultra Cameo / Deep Cameo は、図柄が白く曇り、地の部分が鏡面という対比が強く出ている状態を指します。プルーフ貨で最も評価される要素のひとつです。末尾の ★(スター) は、見た目の魅力が例外的に優れているものに付されます。

2021年の144万米ドルは、鑑定機関が確認している範囲で最高グレードの個体によるものです。2020年のMDCモナコでの結果は、当時のイギリスコインとしての世界記録でした。

上位グレードでなくとも、Proof-62〜63クラスで37万〜42万米ドルという水準です。グレードによる価格差が非常に大きいのがこのコインの特徴といえます。

なお、日本語のサイトで「1億5480万円」という数字を見かけることがありますが、これは2021年のHeritage落札額を円換算したものと考えられます。日本国内での別途の取引記録ではありません。

グレード表記の読み方についてはグレーディングとはで解説しています。

「世界一美しい」という評価について

この呼び方は日本でほぼ定着していますが、出所を確認しておく価値があります。

**これは何らかの賞やランキングの結果ではありません。**コインの世界的な賞である Coin of the Year は1984年創設なので、1839年の発行品が対象になることは原理的にありません。

実際には、このコインを所蔵する英国王立造幣局博物館自身が「世界で最も美しいコインのひとつと言ってよい」と表現していることに由来します。同館は、その効果を「ライオンの抑制された力強さと、立つウナの静けさと優雅さとの対比」によるものと説明しています。

賞ではないから価値が下がるわけではありません。このコインを最もよく知る機関自身がそう評価しているという事実のほうが、むしろ重みがあります。

まとめ

アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。金相場の影響も受けますし、売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。

同じウィリアム・ワイオンの代表作についてはゴシッククラウン銀貨で解説しています。ほかのコインはコイン図鑑から、予算に応じた始め方は予算別スターターキットをご覧ください。

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本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。

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