ヴィクトリア朝コイン入門
ヴィクトリア女王の治世は1837年から1901年まで、63年と216日に及びました。それ以前のどのイギリス君主よりも長い在位です。
この長さが、コインの世界に独特の状況を生みました。同じ君主のコインなのに、肖像がまったくの別人に見えるのです。
この記事では、ヴィクトリア朝のコインを4つの肖像の変遷を軸に整理します。それぞれの肖像がなぜ変わったのかには、すべて理由があります。
まず通貨の仕組みから
日本の読者が最初につまずくのがここです。当時のイギリスは10進法ではありませんでした。
12ペンス(d)= 1シリング(s)
20シリング = 1ポンド(£)
つまり 240ペンス = 1ポンド
主な額面を整理します。
| 額面 | 価値 | 素材 |
|---|---|---|
| ファージング | 1/4ペンス | 銅・青銅 |
| ハーフペニー | 1/2ペンス | 銅・青銅 |
| ペニー | 1ペンス | 銅・青銅 |
| スリーペンス | 3ペンス | 銀 |
| グロート | 4ペンス | 銀 |
| シックスペンス | 6ペンス | 銀 |
| シリング | 12ペンス | 銀 |
| フローリン | 2シリング | 銀 |
| ハーフクラウン | 2シリング6ペンス | 銀 |
| クラウン | 5シリング | 銀 |
| ハーフソブリン | 10シリング | 金 |
| ソブリン | 1ポンド | 金 |
| 5ポンド | 100シリング | 金 |
用語の注意が3つあります。
- **クラウンは王冠の絵柄ではありません。**5シリングという額面の名前です
- **ソブリンは「君主」の意味ではありません。**1ポンド金貨の名前です
- **ダブルフローリンはクラウンの2倍ではありません。**4シリングです
① ヤングヘッド(1838〜1887年)
治世最初の肖像です。彫刻したのはウィリアム・ワイオン、王立造幣局の主任彫刻師でした。
女王は1837年8月から9月にかけてワイオンのために座り、1838年2月26日に意匠が承認されました。左を向き、髪を二重のリボンで結んで後ろで束ねた、新古典主義的な表現です。
この肖像は約49年間使われ続けました。金貨と銀貨で1838年から1887年までです。
**つまり、女王が60代になっても、コインには10代の姿が刻まれ続けていました。**女王自身のお気に入りだったとも伝えられています。
ゴシック様式という例外
ヤングヘッドの時代のなかに、まったく異なる様式が挟まっています。
1847年、王冠を戴いた中世回帰様式の肖像が登場しました。銘文はブラックレター(ゴシック体)、日付はローマ数字という徹底ぶりです。
これが用いられたのがゴシッククラウンと、ゴシック・フローリンでした。裏面の図案は画家ウィリアム・ダイスによるもので、彫刻をワイオンが担当しています。
**なおゴシック肖像を「第4の肖像」として独立に数えるかどうかは、資料によって扱いが分かれます。**多くのカタログはヤングヘッド期の変種として整理しています。他の額面では通常のヤングヘッドが並行して使われ続けたためです。
バンヘッド(1860〜1894年)
もうひとつ、区別しておくべき肖像があります。
1860年、重い銅貨のペニー・ハーフペニー・ファージングが、より小さく軽く耐久性のある青銅貨に置き換えられました。この新しい青銅貨の表裏を手がけたのが、ウィリアム・ワイオンの息子レナード・チャールズ・ワイオンです。女王は彼のために何度か個人的に座っています。
髪をまとめた形から「バンヘッド(bun head)」と呼ばれます。1860年から1894年までの青銅ペニーは「バンペニー」の通称で知られています。
制作には苦労がありました。当初レナードは極印を深く彫りすぎ、数枚打刻しただけで割れてしまったのです。量産に入る前に、浅い浮き彫りで彫り直す必要がありました。
**このバンヘッドは、英語の解説ではしばしば「ヤングヘッド」に含めて説明されます。しかし別の彫刻師による物理的に異なる肖像です。**しかも青銅のバンペニーは、ヴィクトリア朝で最も手の届きやすい入口でもあります。区別しておく価値があります。
1849年「ゴッドレス・フローリン」事件
肖像の話から少し離れますが、ヴィクトリア朝を語るうえで外せない出来事です。
1847年、ジョン・バウリング卿が議会に10進法通貨への移行を求める動議を提出しました。政府は世論を試すため、1ポンドの10分の1にあたる2シリング貨を発行します。これがフローリンです。
名称は当時のオランダの同価値通貨から借りたもので、中世イングランドのフローリン金貨とは別物です。
最初のフローリンは1849年銘で発行されました。表面はウィリアム・ワイオン、裏面はウィリアム・ダイスの設計です。
ところが、表面の銘文が問題になりました。
VICTORIA REGINA 1849
D G(神の恩寵により)と F D(信仰の擁護者)が省かれていたのです。ここから「ゴッドレス(神なき)フローリン」と呼ばれることになります。
疑いの目は造幣局長官リチャード・ラロー・シールに向けられました。アイルランド出身のカトリック教徒だったため、プロテスタント体制への陰謀を企てたと非難されたのです。
**実際には、この銘文はアルバート公の提案だったと伝えられています。**シールは誤りを認め、コインは設計し直されました。
後継となったのが「ゴシック・フローリン」です。銘文はすべてゴシック体、日付はローマ数字、表面の銘文は VICTORIA D G BRITT REG F D となりました。
**この2種類のフローリンを見分ける最も速い方法は、書体です。**ゴッドレスはローマン体、ゴシックはブラックレターです。
② ジュビリーヘッド(1887〜1893年)
1887年、女王の即位50周年(ゴールデン・ジュビリー)に合わせて新しい肖像が導入されました。彫刻は彫刻家サー・ジョセフ・エドガー・ベームです。
肖像は未亡人のヴェールをまとった姿でした。1861年のアルバート公の死後、女王が深い喪に服し続けたことを反映しています。その上に、非常に小さなダイヤモンドの王冠が載っていました。
不評でした
「ジュビリー」という華やかな名前とは裏腹に、この肖像は広く嘲笑されました。
最大の批判は王冠の小ささです。頭の後ろにちょこんと載った王冠は、批評家から「今にも落ちそうだ」と評されました。
さらに問題が2つ重なります。
1. 額面表示がない
銀貨の大半に、額面が書かれていませんでした。
2. 偽造事件
1887年の最初のシックスペンス(6ペンス銀貨)は盾の意匠で、ハーフソブリン金貨とほぼ同じ大きさでした。詐欺師がシックスペンスに金メッキを施し、ハーフソブリンとして通用させる事件が起きます。
意匠は撤回され、額面を明記した新しい設計で同年11月から再発行されました。**このため1887年銘には2種類のシックスペンスが存在します。**購入時に混同しやすい点です。
バーメイズ・ルイン
この時期に登場した**ダブルフローリン(4シリング)**にも逸話があります。
5シリングのクラウンと紛らわしく、酒場の店員が取り違える事故が続出したため、「バーメイズ・ルイン(女性店員泣かせ)」と呼ばれました。発行は1887年から1890年のわずか4年で終わっています。
③ オールドヘッド(1893〜1901年)
不評を受けて、政府が動きました。
財務大臣ジョージ・ゴッシェンが1891年2月に貨幣意匠委員会を設置し、自由党議員ジョン・ラボックが議長を務めます。同年11月の会合で、サー・トマス・ブロックの意匠が選定されました。
ベームは1890年12月に死去しており、ジュビリーヘッドは約6年で退場することになります。
新しい肖像は、ティアラの一部をヴェールが覆う姿でした。「オールドヘッド」または「ヴェイルドヘッド」と呼ばれます。
そして、批判された2点が両方とも修正されました。
- 王冠の問題 → ティアラとヴェールの安定した構図に
- 額面表示 → クラウン未満のすべての額面に価値を明記
裏面ではサー・エドワード・ポインターがシリングとフローリンを設計し、王立造幣局の彫刻師ジョージ・ウィリアム・デ・ソールが実用の極印に落とし込みました。ソブリンとハーフソブリンには、ピストルッチの聖ジョージが引き続き使われています。
青銅貨への適用は少し遅れ、1895年5月11日の布告によって施行されました。バンペニーの系列が1894年で終わるのは、このためです。
ダブルフローリンは廃止されました。クラウンと並んで大型銀貨が2種類あるのは冗長だと判断されたのです。
肖像の名前は正式名称ではありません
ここで注意が必要です。**「ヤングヘッド」「ジュビリーヘッド」「オールドヘッド」「バンヘッド」は、いずれも収集家の通称です。**王立造幣局の公式用語ではありません。
しかも名前が実態と食い違っています。
- ジュビリーヘッド — 祝賀の響きですが、実際は喪に服した未亡人の姿で、不評でした
- オールドヘッド/ヴェイルドヘッド — 同じものの2つの呼び名です
- バンヘッド — 単に髪型の名前です
支所造幣局とミントマーク
ヴィクトリア朝の大きな特徴が、オーストラリアの支所造幣局です。
現地の金鉱で採れた金を、その場でソブリン金貨にするために設けられました。
| 造幣所 | 開設 | 造幣所記号 |
|---|---|---|
| シドニー | 1855年 | S |
| メルボルン | 1872年 | M |
| パース | 1899年 | P |
初期のシドニー製ソブリン(1855年〜)は独自の意匠でした。ジェームズ・ワイオンによる肖像に、SYDNEY MINT ONE SOVEREIGN と AUSTRALIA の銘文が入り、イギリス本国では法定通貨ではありませんでした。
1857年にはレナード・チャールズ・ワイオンによる、オーストラリア原産のバンクシアの花輪に囲まれた意匠へと変わり、1870年まで使われます。
1871年1月の勅令により、支所はロンドンと同じ意匠のソブリンを、小さな記号1文字だけで区別して鋳造できるようになりました。1887年までには、すべての造幣所がピストルッチの聖ジョージ意匠に統一されています。
**1855年から1931年のあいだに、3つの支所は4億枚を超えるソブリンを鋳造しました。**20世紀初頭には、イギリス国内で流通するソブリンのおよそ40%を占めています。
記号は見落としやすく、そして狙われやすい
この1文字が、地金価値のソブリンと数千ポンドの希少品を分けることがあります。
一方で、造幣所記号は贋作者が改変を狙う定番の箇所でもあります。希少な記号が付いた無鑑定品は、喜ぶより疑ってかかるべきです。
主要な収集対象
左:ゴシッククラウンの表面(1847年)。右:ウナとライオン5ポンド金貨の裏面(1839年銘)。いずれもウィリアム・ワイオンの代表作です。
ウナとライオン5ポンド金貨(1839年銘) ワイオンが表裏とも手がけた最高傑作とされます。エドマンド・スペンサーの叙事詩『妖精の女王』を題材に、女王を登場人物ウナに擬した図像です。王立造幣局博物館は総製造数を「数百枚を超えることはない」としており、**具体的な数字を出していません。**2021年に144万米ドルの落札記録があります。
ゴシッククラウン(1847年・1853年) 表面ワイオン、裏面ダイスの共作。流通用は作られず、プルーフのみです。1847年銘の縁刻は DECUS ET TUTAMEN ANNO REGNI UNDECIMO(治世第11年)。無地の縁の変種のほうが希少です。
プルーフセット(1887年・1893年) 1887年のジュビリー11枚組は797組、7枚組は287組。1893年のオールドヘッド10枚組は773組、6枚組は539組が製造されたと報告されています。1893年のセットが、治世最後のプルーフセットです。
これから始める方へ
手の届く範囲
最も現実的な入口はここです。
- バンペニー(1860〜1894年) — 青銅貨。日付違いを揃える楽しみがあります
- ヤングヘッド/オールドヘッドの青銅ハーフペニー・ファージング
- 流通したジュビリー/オールドヘッドのシリング、シックスペンス、スリーペンス
中間帯
- 流通品のソブリン金貨 — 一般的な年号なら金相場に小幅な上乗せという水準です
- 収集可能な状態のゴシック・フローリン
- ダブルフローリン
手が届かない範囲
- ゴシッククラウン — 数千から数万ポンド
- 1887年・1893年のプルーフセット一式
- ウナとライオン — 数十万から百万米ドル台。これは博物館で鑑賞する対象であって、初心者の購入目標にすべきものではありません
おすすめの始め方
希少品を追いかけるより、次のどちらかを勧めます。
- バンペニーの年号揃え — 予算を抑えつつ、コインの見方が身につきます
- 肖像ごとに1枚ずつ集める — ヤングヘッド銀貨、バンペニー、ジュビリー銀貨、オールドヘッド銀貨。4枚で治世全体を視覚的に理解できます
ヴィクトリア朝特有の注意点
1. 1887年の金貨は最も贋作が多い領域です
NGC は1887年の5ポンド金貨を、世界で最も贋作の多いコインの上位に挙げています。ソブリンでは1822年、1827年、1832年、1916-C、1917年なども高品質な贋作が知られています。
判別の手がかりとしては、鋳造贋作特有の眠い(ぼやけた)細部、日付や造幣所記号の周囲の不自然な表面、手彫りによる工具痕、既知の本物の極印との文字形の相違、そして重量と品位の不足が挙げられています。
2. 1887年のシックスペンスは2種類あります
前述の金メッキ詐欺の経緯により、同じ年号で異なる意匠が存在します。
3. 洗浄された銀貨が非常に多い領域です
トーニングを汚れと勘違いして磨いた個体が市場に溢れています。**明るく見えることは良品を意味しません。**細かな擦り傷(ヘアライン)と不自然な明るさを見分ける目を持ってください。詳しくはホイジングをご覧ください。
4. 64年分の変種があります
治世が長いぶん、日付と変種の組み合わせは膨大です。Spink の『Coins of England』のようなカタログを手元に置くことを勧めます。アトリビューションの考え方も参照してください。
5. 一定額以上は鑑定済みを
NGCまたはPCGSの認定を受けたものを選ぶことで、贋作リスクを大きく下げられます。
まとめ
ヴィクトリア朝のコインは、肖像の変遷を追うだけで63年の歴史が見えてくるという点で、収集の入口として優れた分野です。
- ヤングヘッド(1838〜)が約49年続き、女王の実年齢と乖離していった
- ジュビリーヘッド(1887〜)は急ごしらえで、小さすぎる王冠と額面表示の欠落で不評だった
- 政府委員会の議論を経て、オールドヘッド(1893〜)が両方の問題を解決した
- 青銅貨ではバンヘッド(1860〜1894)が並行して使われた
**変化にはすべて理由があります。**この因果関係を押さえておくと、店頭で1枚を手に取ったとき、それがどの時期のどういう文脈のものか、すぐに位置づけられるようになります。
なお、アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。金銀相場の影響も受けますし、売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。
個別のコインはコイン図鑑、専門用語は用語集から確認できます。
この分野の個別コイン解説
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。
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