リバティヘッド20ドル金貨の歴史と希少品を解説

英語名Liberty Head Double Eagle (Coronet Double Eagle)
発行地域アメリカ合衆国
時代1849年(パターン)〜1850-1907年(通常発行)
素材

この記事で分かること

Liberty Head Double Eagle (Coronet Double Eagle) の表面(オブバース)
表面(オブバース) American Numismatic Society (1984.87.144) / パブリックドメイン
Liberty Head Double Eagle (Coronet Double Eagle) の裏面(リバース)
裏面(リバース) American Numismatic Society (1984.87.144) / パブリックドメイン

Liberty Head Double Eagle (Coronet Double Eagle)(American Numismatic Society (1984.87.144))

ゴールドラッシュが生んだ20ドル金貨

リバティヘッド・ダブルイーグルは、1849年3月3日に成立したコイネージ・アクト(貨幣法)によって法定化された20ドル金貨です。制定の直接的な契機となったのは、1848年に発見されたカリフォルニア・ゴールドラッシュによる金の大量流入でした。西部から流れ込む金を効率よく貨幣化する必要性が、それまで存在しなかった大型金貨の誕生を後押ししたとされています。

実際の流通が始まったのは1850年からで、フィラデルフィアとニューオーリンズの造幣局で製造が開始されました。金貨の全体像や他の金貨との位置づけについては、アメリカ金貨ガイドでも詳しく紹介しています。

設計と物理的仕様

デザインを手がけたのは、当時のミント彫刻師であったジェームズ・B・ロングエーカーです。表面には自由の女神を象ったリバティヘッド、裏面には鷲があしらわれました。表裏のデザインについては表面・裏面の用語解説もあわせてご覧ください。

コインの重量は33.431グラム(資料により33.436グラムとも記載)、直径は34.1ミリメートル、厚さは2.41ミリメートルです。縁にはリード加工(細い溝を刻む加工)が施されています。組成は金90パーセント・銅10パーセントで、純金含有量は0.9675トロイオンスにあたります。この金の含有比率は品位と呼ばれる指標で表され、当時の金貨の価値を裏付ける重要な要素でした。

幻の1849年パターン

法定化された1849年には、実は正式な流通用貨幣は製造されませんでした。この年に作られたのは試作貨、いわゆるパターンコインのみで、現存が確認されているのは世界にたった1枚です。この1849年パターンは現在、スミソニアン国立貨幣コレクションに保存されており、ジャッド117・ポロック132として分類されているとされています(要確認)。実質的な流通は翌1850年からのフィラデルフィアとニューオーリンズでの発行によって始まりました。

タイプ1・2・3への変遷

リバティヘッド・ダブルイーグルは、デザインの変更によって大きく3つのタイプに分類されます。

タイプ1は「TWENTY D.」と表記され、モットー(標語)が入らないデザインで1850年から1866年まで発行されました。タイプ2は1866年から1876年まで続き、「IN GOD WE TRUST」のモットーが加わりました。

さらに1877年には、彫刻師ウィリアム・バーバーがリバティ頭部の傾きを変更し、表記も「TWENTY DOLLARS」へと改訂しました。これがタイプ3で、1877年から1907年まで発行が続きました。タイプ3の事業用発行数は合計6413万7477枚にのぼり、プルーフ(鏡面仕上げの記念的な仕上げ)は2426枚とされています。プルーフの詳細はプルーフの解説をご参照ください。

タイプ3の中で単年最大の発行数を記録したのは1904年フィラデルフィア発行で、625万枚を超えました。一方、1883年と1884年のフィラデルフィア発行はプルーフのみで、それぞれ92枚・71枚という極めて少ない数にとどまっています。

ミントマークと発行局

リバティヘッド・ダブルイーグルには、CC・D・O・Sの4種類のミントマーク(造幣局を示す刻印)が存在します。フィラデルフィア鋳造にはミントマークが付きません。

サンフランシスコ造幣局は1854年から発行に参加し、カーソンシティ造幣局は1870年から1893年までの期間、発行を担いました。デンバー造幣局が参加したのは1906年から1907年までのわずか2年間のみです。ニューオーリンズ造幣局については、タイプ3を鋳造したのは1879年の1年のみとされています。

希少年号1856-Oの記録

数あるリバティヘッド・ダブルイーグルの中でも、特に希少とされるのが1856年ニューオーリンズ発行、通称1856-Oです。発行枚数は2250枚と、ニューオーリンズ発行の中でも系列最小規模でした。現存数は約23枚と推定されており、コレクター市場での注目度は極めて高いコインです。

こうした希少性を裏付けるように、2025年の競売では1856-O(AU58、鑑定による品位評価の一種)が69万ドルで落札され、オークション記録を更新しました。さらに遡ると、2009年には1856-O(SP63)が143万7500ドルで落札され、当時の記録を樹立していました。こうした鑑定評価はNGCPCGSといった第三者鑑定機関によって行われるのが一般的です。

パケット裏面の希少バリエーション

1861年には、アンソニー・C・パケットが裏面デザインを改訂しました。このパケット裏面は主にサンフランシスコで採用され、1861-Sの鋳造数は約1万9250枚と推定されています。一方、同年フィラデルフィアで製造されたパケット裏面は、現存が確認されているのはわずか2枚のみとされています。

なお、ニューオーリンズ発行の1861-Oについては、パケット版のダイス(貨幣を打つ型)が使用されず、従来通りのデザインのまま鋳造されました。こうした細部の違いは、コインの鋳造数や現存数とあわせてコレクターの間で重視されるポイントです。

1933年の金保有禁止令とその影響

1933年、アメリカでは金保有禁止令が発せられ、多くの金貨が大量に溶解されるという事態が起こりました。この時期に海外へ流出していた金貨は溶解を免れ、後年になって希少品の供給源になったとされています(要確認)。この歴史的経緯が、現存する古いリバティヘッド・ダブルイーグルの希少性を一層高めている一因と考えられています。

まとめと留意点

リバティヘッド・ダブルイーグルは、ゴールドラッシュという時代背景から生まれ、約半世紀にわたってデザインを変えながら発行され続けた金貨です。1849年の幻のパターンから、希少な1856-O、そして1933年の金保有禁止令に至るまで、その歴史は数多くのドラマを内包しています。

なお、アンティークコインは美術品・歴史資料としての価値とともに市場価格が変動する資産でもあります。執筆時点の相場や落札事例はあくまで参考情報であり、将来の価格上昇を保証するものではありません。購入や収集を検討される際は、鑑定機関による評価や来歴(来歴)の確認など、�慎重な情報収集をおすすめします。

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