日本の近代金貨入門
日本の近代金貨は、日本人にとって最も身近なアンティークコインです。
そして海外のコインにはない、独特の事情を抱えています。制度改正で同じ額面の重さが半分になったこと、そして戦時供出から財務省放出という希少性の形成過程です。
旧20円金貨(明治3年銘)。重量33.37g、直径35mm。左が表面の龍、右が裏面の菊花紋・桐紋・日章・錦の御旗。
円の誕生 — 新貨条例(1871年)
明治4年5月10日(1871年6月27日)、太政官布告により新貨条例が制定されました。
ここで定められたのが、次の2点です。
- 円・銭・厘の十進法による貨幣単位
- 金本位制 — 純金二分(1,500ミリグラム)=1円
つまり**「円」という単位は、金1,500ミリグラムとして始まりました。**
旧金貨の5種類
本位金貨として、次の5種が定められました。品位(金の純度)はいずれも金900/銅100、つまり90%が金です。
なお「量目(りょうめ)」は、コイン全体の重さを指します。品位が900なら、量目の90%が純金という関係になります。
| 額面 | 量目 |
|---|---|
| 20円 | 33.3333g |
| 10円 | 16.6667g |
| 5円 | 8.3333g |
| 2円 | 3.3333g |
| 1円 | 1.6667g |
20円金貨の直径は35.06mmでした。
**なお、この記事の図版キャプションに示した重量は、米国貨幣学会が所蔵する個体の実測値です。**上の表の量目は規定値なので、わずかな差があります。打刻時のばらつきや摩耗を含むためです。
1円金貨が小さすぎた話
旧1円金貨には大型と小型の2種があります。
- 大型 — 直径13.515mm(明治5年発行)
- 小型 — 直径12.121mm(明治7〜13年銘)
**あまりに小さすぎて、龍の図柄を刻めませんでした。**他の額面には龍が描かれていますが、1円金貨だけは例外です。
実物を並べると、額面による差がよく分かります。
旧金貨の額面比較。左から10円(16.685g)、5円(8.29g)、2円(3.386g)、1円(1.675g)。1円だけ龍がなく、額面の文字が中心になっています。
造幣局の設立
貨幣を作る組織も、この時期に生まれました。
大阪・天満の造幣寮は、**明治3年11月27日(1871年1月17日)**に貨幣鋳造を開始し、**明治4年2月15日(1871年4月4日)**に大蔵省造幣寮としての創業式を行いました。
技術は外国人に頼りました。香港造幣局長を務めたトーマス・ウィリアム・キンダーが明治3年(1870年)に他7名の外国人技術者とともに雇用され、造幣首長を務めています。
**キンダーは明治8年(1875年)1月31日付で、他の外国人職員10名とともに解雇されました。**技術の移転が完了したということです。
わずか5年ほどで、西洋式の貨幣製造を自前でまかなえるようになったことになります。日本の近代貨幣は、この急速な技術移転の上に成り立っています。
貨幣法(1897年)— 量目が半分になる
ここが日本の近代金貨で最も重要な転換点です。
1897年(明治30年)10月1日、貨幣法が施行されました。
新しい基準は純金750ミリグラム=1円です。新貨条例の1,500ミリグラムから、ちょうど半分になりました。
なぜ可能だったのか
日清戦争の賠償金が準備金になりました。
銀2億3,150万両、邦貨換算で約3億6,000万円(英貨換算約3,808万ポンド)という規模です。この正貨があったからこそ、金本位制を確立できました。
新金貨は3種類だけ
金平価が半減した結果、同じ額面のコインの重さも半分になります。
| 額面 | 旧金貨 | 新金貨 |
|---|---|---|
| 20円 | 33.3333g | 16.6667g |
| 10円 | 16.6667g | 8.3333g |
| 5円 | 8.3333g | 4.1667g |
| 2円 | 3.3333g | — |
| 1円 | 1.6667g | — |
品位は旧金貨と同じ金900/銅100です。
**1円・2円の新金貨は発行されませんでした。**量目が半分になると、流通に不便なほど小さくなってしまうためです。
**旧20円金貨と新20円金貨では、物理的な重さが2倍違います。**同じ「20円」でも別物である、という点を押さえてください。
新20円金貨(明治30年銘)。米国貨幣学会所蔵品の実測重量は16.67g。旧20円(同33.37g)と比べると、ひと回り小さくなっています。
図案の変化 — 龍が消えた
意匠も大きく変わりました。
| 表面 | 裏面 | |
|---|---|---|
| 旧金貨 | 龍と額面文字(例:二十圓) | 菊花紋・桐紋・日章・錦の御旗 |
| 新金貨 | 菊花紋章・菊枝と桐枝 | 桐紋・旭日・八稜鏡 |
龍が廃止された理由として、龍が清(中国)を象徴する意匠とみなされたことなどが挙げられています。
日清戦争の賠償金で金本位制を確立し、同時に清を連想させる図案を外した——という流れになります。
金本位制の終わり
日本の金貨には、終わり方にも特徴があります。
1930年(昭和5年)1月11日、濱口内閣の井上準之助蔵相が、旧平価(1円=0.49875ドル)で金解禁(金輸出解禁)を実施しました。
しかしわずか2年足らずで逆転します。
1931年(昭和6年)12月13日、犬養内閣の高橋是清蔵相が大蔵省令第36号により金輸出を再禁止。同月17日の緊急勅令第291号で、日本銀行券の金貨兌換を全面停止しました。
日本は金本位制から離脱しました。
金貨が「金と交換できる証書」ではなくなった瞬間です。以後、日本の金貨は通貨としての役目を終え、収集と地金の対象へと性格を変えていきます。
財務省放出という日本特有の事情
海外のコインにはない、日本だけの希少性形成メカニズムです。
第二次世界大戦中、国民が供出した金貨は財務省に保管され続けていました。
そして2005年(平成17年)から2008年(平成20年)にかけて、オークション等で放出されました。
- 放出総数:32,683枚(うち2枚は贋造と判明)
- 市場への影響:価格は概ね半額まで下落
供給が一気に増えたことで、相場が動いたわけです。この経緯は、コインの価格が需給で決まることを示す実例でもあります。
放出品のなかには極めて希少なものもありました。オークション最終日には、明治13年発行の旧2円金貨(発行枚数87枚とされ、財務省保有は1枚のみ)が700万円からスタートし、3,210万円で落札されています。
流通していたのか
意外に思われるかもしれません。
明治期の本位金貨は、旧金貨・新金貨とも発行高の大半が海外へ流出しました。国内に残った分の多くは正貨準備として日本銀行に保管されています。
つまり市中で実際に流通した数は、ごく限られていました。
「使われていた金貨」というより、「制度を支えるために存在した金貨」という側面が強いのです。
鑑定 — 国内と海外で役割が違います
日本の近代金貨には、2つの鑑定の系統があります。
日本貨幣商協同組合(JNDA)
1969年(昭和44年)8月設立。全国約90名の代表ディーラーで構成されます。
国内の貨幣について、業界で事実上の標準として扱われる鑑定書(真贋保証)を発行しています。ただし外国コインの鑑定書は発行していません。
なお JNDA は民間の事業協同組合であり、法令に基づく公的機関ではありません。
NGC・PCGS
国際的なグレーディング(状態評価)を担います。詳しくはNGCとPCGSをご覧ください。
使い分け
実務的には、次の整理になります。
- 国内での売買 — JNDA の鑑定書
- 海外売却や高額品 — NGC / PCGS も併用
なお、JNDA の等級区分では **MS65以上が「完全未使用」、MS60〜64が「未使用」**に相当するとされます。ただしこれは一事業者の解説によるもので、公式な換算表ではありません。
日本の古銭市場で使われる「未使用」「完全未使用」「極美品」といった表現は、ミントステートなどの数値グレードとは前提が異なります。詳しくは流通グレードもご覧ください。
市場での位置づけ
具体的な金額を挙げる前に、重要な注意があります。
日本の近代金貨には、地金としての下限価格があります。
| 貨種 | 純金量 |
|---|---|
| 旧20円金貨 | 約30g |
| 新20円金貨 | 約15g |
| 旧5円金貨 | 約7.5g |
| 新5円金貨 | 約3.75g |
**金相場が上がれば、この下限も上がります。**したがって、古い時期に書かれた買取相場記事の数字は、現在では成立しないことがあります。
**「相場は◯万円」という情報を見たら、まず執筆時期を確認してください。**そして、その金額が純金量×現在の金価格を下回っていないかを検算してください。下回っていれば、その情報は古くなっています。
参考として、旧5円金貨(明治3年銘)については、通常品で約22万円、極美品で50万〜60万円、鱗の輪郭が明瞭な未使用品で180万〜200万円という買取相場が示されています。ただしこれも執筆時点の情報です。
新20円金貨では、昭和5・6・7年銘がプレミア年とされます。
とくに昭和7年(1932年)銘は、同年1月の約20日間のみ鋳造され市場に流通しなかったため、「幻の金貨」と呼ばれています。
海外での評価
日本の金貨は海外オークションでも扱われます。
2021年4月、香港でのスタックス・バウアーズのオークションで、明治10年(1877年)銘の旧20円金貨(PCGS MS-64 Prooflike)が84万米ドルで落札されました。同年号としての記録的な価格です。
**これらは執筆時点で確認した情報であり、相場は変動します。**特に財務省放出による価格下落の経緯があるため、変動リスクは念頭に置いてください。
発行枚数について注意
日本の近代金貨では、発行枚数の数値が資料によって食い違います。
| 貨種 | 資料A | 資料B |
|---|---|---|
| 明治9年銘 旧20円金貨 | 954枚 | 1,004枚 |
| 明治10年銘 旧20円金貨 | 26枚 | 29枚 |
**どちらが正しいか、一次資料で確認できませんでした。**希少年号の発行枚数を根拠に購入判断をする場合は、複数の資料を照合してください。
贋作への注意
日本の近代金貨にも贋作は存在します。財務省放出品32,683枚のうち2枚が贋造と判明したという事実が、それを端的に示しています。
国が保管していた品にすら混入していたわけです。
対策としては、次の3点が基本になります。
- JNDA の鑑定書があるか — 国内取引での真贋保証はここが担います
- NGC / PCGS のスラブに入っているか — 高額品では併用が現実的です
- 重量を確認できるか — 旧20円は33.3333g、新20円は16.6667g。この差は決定的です
とくに3点目は、日本の近代金貨ならではの利点です。旧と新で重さが2倍違うため、額面と重量が合わない個体はその時点で疑えます。
ただし**重量が合っていても本物とは限りません。**近年の贋作は重量と品位を合わせてくるためです。最終的には鑑定に頼ることになります。
何から始めるとよいか
予算と目的によって、入口が変わります。
まず1枚持ちたい場合
新金貨(20円・10円・5円)の並品が現実的です。旧金貨より発行数が多く、状態の選択肢もあります。
**予算は、純金量から逆算してください。**新20円は純金約15g、新5円は約3.75gです。現在の金価格を掛けた額が下限で、そこに収集価値が上乗せされます。
「日本の近代金貨とはどういうものか」を手に取って理解するという目的なら、状態を求めすぎないほうが選択肢が広がります。
歴史の流れを追いたい場合
旧金貨と新金貨を1枚ずつ揃えると、この記事で説明した「量目が半分になった」という制度転換を、実物で確認できます。
龍から旭日への図案変更も、並べれば一目で分かります。
避けたほうがよいもの
- 無鑑定の希少年号 — 発行枚数が少ないものほど贋作の標的になります
- 相場から大きく外れた価格 — 安すぎる場合も高すぎる場合も、理由を確認してください
- 発行枚数だけを根拠にした購入 — 前述のとおり、数値が資料によって食い違います
海外コインとの違い
最後に、これまで扱ってきた海外のコインとの違いを整理します。
| 日本の近代金貨 | 海外の金貨 | |
|---|---|---|
| 量目 | 制度改正で半減(1897年) | ソブリン等は長期間一定 |
| 呼称 | 「旧」「新」で区別 | 発行年代で区別 |
| 希少性の形成 | 戦時供出→財務省放出 | 溶解・退蔵など |
| 鑑定 | JNDA(真贋)+ NGC/PCGS(状態) | NGC/PCGS が中心 |
| 状態表現 | 「未使用」「極美品」 | MS/AU/XF の数値 |
「旧」「新」という呼称は日本の古銭市場の慣行で、海外の英語資料では単に発行年代(1870-1892 / 1897-1932)で区別されています。
まとめ
- 1871年の新貨条例で「円」が誕生しました。純金1,500ミリグラム=1円です
- 1897年の貨幣法で金平価が半減し、同じ額面の金貨の重さが半分になりました
- 新金貨では1円・2円が廃止されました。小さすぎるためです
- 龍の図案が廃止され、旭日に変わりました
- 1931年12月、金本位制から離脱しました
- 戦時供出された金貨が2005〜2008年に放出され、相場が半額程度まで下落しました
- 明治期の金貨は大半が海外流出または日銀保管で、市中流通は限られていました
- 発行枚数は資料によって数値が食い違います
アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性により変動します。金相場の影響も受けますし、売却したいときにすぐ買い手がつくとは限りません。購入にあたっては、こうした点も踏まえてご判断ください。
専門用語は用語集、ほかのコインはコイン図鑑からご覧ください。海外の金貨についてはヴィクトリア朝コイン入門もあわせてどうぞ。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の商品の購入を勧誘するものではありません。アンティークコインの価格は市場動向・状態・希少性などにより変動し、将来の価値を保証するものではありません。記載の価格は執筆時点のものです。購入の判断はご自身の責任でお願いします。
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